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五芒星の血印  作者: 亮
12/23

高明と英姫

 

 翌日、衣類や大量の本を抱えた高明と日月が、ひっきりなしに屋敷の廊下を往復していた。道満が動く日が近いといっても、陰陽庁とのにらみ合いがどのぐらい続くかは想像もつかない。長丁場になることも考えて、高明は部屋にあるほとんどのものを運び込んだ。

 結界はすでに陣が完成しており、あとは忠成と高明が内と外から霊力を流し込んで強力な結界を張る予定だ。一度張ったら外部からの侵入は特別なものにしか許されず、反面、内側から逃げ出すのは自由という優れものの結界だ。

「……あの、高明殿……高明殿」

 高明は引っ越しを始めてから、一言もしゃべらない。そんな高明を不思議に思った日月がしきりに呼んでも心ここにあらずという感じで振り向きもしない。

「もう、高明殿。そんな辛気臭い面構えで英姫様に会うおつもりですか」

 効率の都合上、張る結界は一つ。その中に二つの部屋を収めてそれぞれに高明と英姫を入れる手はずになっている。当然、主人の娘である英姫には挨拶を入れることになっている。

 日月は、高明はてっきり英姫の隣に住めるということに舞い上がっていると思っていたのだが、いざ会ってみれば何やらひどく思い詰めているようである。

「高明殿、何があったのかぐらいは聞かせてもらってもいいじゃないですか」

「……なにもないさ。ただ、忠成殿に、守られていろ、と言われただけだ」

「高明殿はまだまだこれからなんですよ。今は戦えなくても、いずれは」

 高明は何も答えない。

 日月にもわかっていた。陰陽師になるつもりはないといいながらも、突然自分の限界に挑戦するような修業を始めたり、日月に近接戦闘の手ほどきを頼んできたりした理由は、英姫を守るために少しでも戦力になろうとした結果なのだ。

 今回、彼はそれを全否定された。心穏やかでないのは間違いない。

 いつの間にか歩き出した高明の背中は遠くなっていた。

「これは重傷ね」

 一言呟くと日月は手の中の荷物を持ち直して、高明を追った。



 夜。

 無事に結界を張り終えた高明は、その内側に用意されている仮の自室で明かりをともして本を開いていた。本来ならば寝ていてもおかしくない時間なのだが、ごちゃごちゃと考えているうちに目が冴えて眠れなくなったのだ。

 確認はしていないが、隣の部屋にも英姫が入ったようで、高明のところに、明日にでも挨拶に来るように、との言伝があった。

 ほんとに気楽なお姫様だな、と高明は思う。自分が得体のしれない男に狙われ、しかもそのせいで結界の中に顔見知りとはいえ年頃の男と一緒に入れられるというこの上ない非常事態でも、挨拶と銘打ったおしゃべりに高明を呼び出そうというのだ。高明が必死になって悩んでいるというのもなんだがあほらしく思えてくる。

「陰陽師か……」

 この事件が起こるまでは、使えるから使ってみていた、程度のもので、将来的には民間に札を売ったり、街角で占いをやったりするのに使えればいいと思っていた。

 しかし今回の事件で、薄々感づいていたとはいえ、自分は大層な血筋を持って生まれた人間だということが分かった。忠成はこれまで隠し通してきたが、仮に陰陽庁の関係者に知れれば陰陽師を目指さなくてはならなくなるかもしれない。

 しかし、今の高明には難しい。霊力の限界は低く、戦闘の能力も低い。その上に今は記憶喪失の中にあり、四年前以前の記憶は曖昧である。自分の素性すらも、忠成に聞かされていることしか情報がない。素性の照明もできない自分が中央官庁に入るのは難しいだろう。

 それに、と高明は道満と相対したときのことを思い出す。

 あの時は確かに英姫の名前を出され、頭に血が上って攻撃を仕掛けた。しかし後から思い出せば、冷や汗の止まらないような戦闘だった。仮に陰陽師になったとしてもあの時のような戦闘の中に身を投じられる覚悟は、高明にはなかった。

 高明は無言で本をめくっていく。そこに書かれているのは陰陽術に関することばかりである。覚悟が決まらないなどと言いながらも、やはり今は陰陽術の研鑽を怠るわけにはいかないのだ。そんな機会があるかどうかはわからないが、今のところ、英姫を守るうえでの最後の砦は同じ結界の内側にいる高明である。

 とにかく今は、考えすぎてもしかたがない。できることをやるんだ。高明はそう心に誓うと、また本をめくった。


「……大丈夫ですか、高明殿」

「お気になさらず。私自身の落ち度でありますから……」

 結局昨晩は寝られなかった。

 気合を入れたはいいが、そこで目が冴えてしまったようで、そのまま夜が更けるまで書物を読みふけっていた高明は、明け方になって英姫に呼ばれていることを思い出したのである。大慌てで支度を整えたものの、寝不足による目の下の黒ずみや開き切らない瞼はごまかしきれないようだ。

「聞けば、こうして結界の中に入れられたのは、以前屋敷に押し入ってきた例の陰陽術師が原因だといいますが」

「ええ。その通りです。彼が非常に危険な術師であると同時にその狙いが英姫様であるということが判明しましたゆえにこうして強固な結界のうちにお守りしておるということです」

 はあ、と御簾の向こうから英姫のため息が上がる。

「やはりこの『体質」のせいですかね。父上からいろいろと策を講じてもらっているのですが、やはり普通の生活を送るのは難しいのですかね」

 部屋には外側からすっぽりと覆う結界に加えて、英姫の御簾の周りに何重にも厳重な結界が張られている。高明のように陰陽術のなどの特殊な力を持たない人間には結界を認知することはできないが、その体質のために幼い頃から強力な結界にさらされている彼女は息苦しさのようなものを感じているのかもしれない。

それよりも高明にとって驚きだったのは、結界以外の何かを忠成が講じていたということである。てっきり英姫が今まで妖に襲われることもなく命をつないでいるのは忠成の結界ありきの事だろうと思っていたが、どうやら他にもあるようだ。

「陰陽庁が賊を捕まえるまでの辛抱です。私も隣の部屋でいますのでなにかありましたらお呼びください」

 高明はそう言って立ち上がろうとした。先ほど上がった忠成の策についてもいろいろと聞きたいが、それ以上に個人的にやりたいことはたくさんある。主に睡眠とか。

「それでは、この部屋は非常に暇ですので、私のおしゃべりに付き合ってください。今日は日月さんもいないのでたくさん話せますよ」 

「わかりました」

 一も二もなく同意だった。主に日月がいないというところに。

 今日は英姫と二人っきりなのだ。寝ている場合ではない。高明の眠気はもはや彼方へと吹き飛んでいた。




投稿遅れてすいません

いつもより短めで、しかも内容も薄いものとなっていますが、読んでいただければ幸いです(自分でも近々書き直すんじゃないかと思っています)

感想や評価もお待ちしています


7/29 追記

予告通り、少し書き直しました

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