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カルチャーショック【其の二】

 ジェイちゃんを連れて二度目に日本に帰った時のこと。

 初めて日本に行った時、ジェイちゃんはなぜか頑として湯船に浸からなかった。十月とは言えまだ暖かい日もあったので、暑がりのジェイちゃんは湯船を必要としなかったのかも知れない。しかし今回の旅は三月で、まだ桜も咲いていない。日本の三月など、カリフォルニアから来た私達にとっては真冬並みの寒さだ。現にジェイちゃんは、リビングルームのホットカーペットに「これアメリカに持って帰りたい♡」などと言いつつ腹這いになってヤモリのように張り付いている。

 だから我が親族達は、毎晩のように彼に勧めたのだ。

「身体が温まって気持ちいいから、湯船に浸かりなよ」と。ジェイちゃんはまたしても頑なに断り続けていたが、やはり寒さには勝てなかったのだろう。神戸の親戚宅で一度だけ湯船に浸かったと、何やら真剣な面持ちで事後報告してくれた。


 そしてカリフォルニアに帰って来てから数日後。湯冷めして寒い寒いと騒いでいる私を眺めていたジェイちゃんが、ふと呟いた。

「ボクが不思議なのはさぁ、イズミって神経質なくらい綺麗好きなのに、なんでイズミのお父さんとかが入った後の風呂に平気で入れるのか、ってところなんだよね。普段のイズミなら、『他人の汚れを落とした水なんて、気持ち悪くて触れません!』とか言いそうなのに」

「は? まぁ確かに湯船に浸かった後にもう一度ザッとシャワー浴びるけどさ。でも別に、みんな身体洗ってから浸かってるわけだし、流石の私もそこまでは言わないよ」

「……え?」

「は?」

 無言で見つめ合う二人。

「ちょ、ちょっと待って……イズミ、お風呂に入った時に何をするか、一から順番に説明してみて」

「は? 何って、普通はまずシャワーを浴びるでしょ? 石鹸で身体を洗って、その後髪を洗って、シャワーで泡を流して、ゴムで髪の毛まとめて、その後で湯船に浸かってノンビリする……ってジェイちゃん、なに悶えてんの?」

「おかしいと思ったんだ!」

 床に転がり、髪を掻き毟りながらヤツは叫んだ。

「子供やらお祖父ちゃんやらお祖母ちゃんやらが五人も六人も入った後のお湯があんなに綺麗だなんて、何かが非常に不自然だと思ったんだ!」


 アメリカの若者は、99.9%くらいの確率でシャワーしか浴びない。バスタブを使う、とアメリカで言う場合、それはバスタブの中で泡を立てて全身を洗い、それをシャワーで流したりすることなく、身体についた泡はバスタオルで拭いてオシマイ……らしい。日本で生きた時間よりもカリフォルニアで生きてきた時間の方が長いが、他人がバスタブを使うところを眺める趣味はないので、私もまさかそんな習慣の違いがあるとは知らなかった。

「何それサイアク! きったなーい!」

「そんなこと言ったって、初めっからきちんと説明してくれなきゃ、わかるわけないでしょ!」

「まさか風呂の入り方も知らないなんて、そんなこと思ってもみんわ、この蛮人め!」


 神戸の親戚宅の湯船はかなり小さい。そこに縮こまるようにして膝を抱えて入り、更に股の間に頭を挟むようなアクロバティック的スタイルで髪まで洗ってしまったジェイちゃん。

「なるべく泡が立たないように最小限の石鹸とシャンプーしか使わなかった。更に浮いた泡は出来るだけ手ですくって湯船の外に捨てたんだ。風呂から上がる前にチェックしたけど、水の濁り具合はボクが入る前に比べてもそんなに変わらなかったと思う」

「気のせいだバカめ」

「いや、実はボクだって内心すっごく気持ち悪いと思ったんだけど、でもこれはもしやお互いの汗や垢の混じったお湯に浸かることで家族としての絆を深めるとかいう儀式的意味でもあるのかと思って、それでボクのことも家族の一員として迎え入れようとしてくれているのかと思って、それを頑なに断り続けるのも失礼かと思って、ボクの汗もそっとお湯に混ぜてみたんだ……」

「んなわけあるかッ」


 幸い私はジェイちゃんより先に風呂に入っていたので、ヤツの垢入り湯船に浸かるという悲劇は免れた。被害を被ったのは我がハトコ、花も恥じらう高校生の乙女達だ。


「そしたらユウカ達、ジェイちゃんが垢を流したお湯に浸かったん?」

「うわーキタナ〜イ!」

「ジェイちゃん、黒船時代のペリーさんみたいやなぁ」

「インターネットで世界中と繋がってるような時代に、そんなことが起こり得るんやなぁ」


 私を除く我が親族は全員とても優しいので、あはははぁ、と笑ってジェイちゃんを許したのだった。


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