スカイくん、再び
「スカイスカイスカイ!」
早朝。約四ヶ月ぶりに訪れたジェイちゃん宅で、バルコニーに出て口笛を吹く。と、十秒もしないうちに隣家の屋根に舞い降りる青い鳥。
「スカイ、カム!」と呼ぶと、即座に我が家のバルコニーに飛び移り、「クルルルル」と甘えた声で鳴き、期待に満ちた眼差しでジッと私を見る。二年前に私が育てたアメリカ・カケスのスカイくん。流石に肩には乗ってこないが、しかし私から30センチ程の手すりに止まり、近付いても逃げようとはしない。
「ボクが呼んでも気が向いた時しか来ないのに……」とジェイちゃんが恨めしげに窓から覗く。と、スカイくんがジェイちゃんに向かって「ジェイジェイジェイッ」と威嚇の声を上げた。
「ジェイちゃんは邪魔だから出てくんなって言ってるよ。それにしてもほんっとうにカケスって賢いよね。二年経っても、半年に一回くらいしか会わない私のことを忘れないんだからさ」
「いつもエサやってるのはボクなのに……その乾燥イモムシだって、ボクがペットショップで買って来たのに……」
ジェイちゃんはブツクサ言っているが、しかしスカイは決してジェイちゃんを赤の他人だと思っているわけではない。その証拠に先日、ジェイちゃんがバルコニーで電話をしていたら、餌をなかなかくれないことに痺れを切らしたスカイが開いていたドアから家の中に飛び込み、「ジェイジェイジェイッ」と叫びながらリビングルームで暴れたらしい。カケスは賢いぶん非常に用心深いので、普通はそんなことはしない。ジェイちゃんを知り合い認定しているから安心して(ナメてかかって)そういうことをするのだろう。
アメリカカケスの脳と体重の比率はチンパンジーやイルカに匹敵する。アメリカカケスやチンパンジーよりも体重に対して脳の比率が高いのはニンゲンだけだ。更にアメリカカケスはニンゲン以外で「将来を考慮して計画を立てる」ことの出来る唯一の動物だと言われている。ニンゲンでも将来への計画性がやや足りてないヒトは結構いるので、つまり下手するとスカイくんの方が賢いということですな。
スカイくんがガツガツと皿に入れられた乾燥イモムシを食べる。彼は幼鳥時はジューシーな生きたイモムシしか食べず、乾燥イモムシなんて皿に入れてやっても蹴っ飛ばして見向きもしなかったが、やはり独り立ちしてからはそんなワガママは言っていられないと気付いたのだろう。野生は厳しいのだ。と言っても、彼は我が家のバルコニーの隣の木に住んでいるが。実家までの距離約1メートルの巣立ちだ。
バサリと羽音がして、新しいカケスが現れた。スカイくんが巣立った直後から常に一緒にいるので、おそらくスカイくんのガールフレンドなのだろう。(子供の頃から一緒にいるようなので、ボーイフレンドの可能性も捨て切れないが。)二羽を見分けるのは簡単だ。背中につむじがあって、灰色の羽毛がぴょこんと立っているのがスカイくん。
つるんとキレイなのがお友達。
お友達は餌を貰ってもその場では食べず、少し離れた屋根まで持って行って食べている。野生らしく注意深い。更にスカイくんは一目でそれと分かるほど体格が良く、尾羽も長い。オスだからメスに比べてやや大きいとか言うレベルではなく、スカイくんは普通のカケスよりもかなり大きい。幼少時の栄養分(鶏肉・鶏卵・イモムシミックス)が余程良かったのだろう。
「カニバリズムだ! スカイの将来が心配だ!」とかジェイちゃんは騒いでいたが。
在りし日のもふもふスカイくん(↑)
夕方、リビングルームで勉強していると、外でスカイの騒ぐ声がした。餌の要求や通常のナワバリ主張とは違う鬼気迫った喚き声。翻訳すると、「ザケンナテメーッ、ブッコロスゾコノヤローッ」って感じだ。そして何かを争うようなカラスの鳴き声……。
慌ててバルコニーに出る。スカイくんのお友達が二羽のナワバリである樹の周りを飛び回っている。スカイの姿は見えないが、どうやら生い茂った樹の間でカラスと喧嘩しているらしい。しかし枝が邪魔で詳しい事はわからない。なにか投げつけるものはないかとウロウロオロオロしていると、カラスが樹の間から飛び出してきた。間髪入れずスカイが続く。スカイくんは自分の三倍近くあるカラスをすごいスピードで追っていった。
十分程で家に戻ってきたスカイくんをバルコニーに呼んで、乾燥イモムシをやる。
「スカイ、カラスはちゃんと追っ払ったの? 怪我しなくて良かったね」
スカイくんはよほどご立腹だったらしく、辺りをせわしなく飛び跳ねながら、「ジェッジェッ、ジェッジェッ」と苛立った声で文句を言っていた。
この季節、カラスが他の鳥の縄張りに入ってくる理由は唯ひとつ。
翌朝、スカイくんとお友達に餌をやり、続いてバルコニーの端から身を乗り出して耳を澄ましてみた。スカイくんが生い茂った樹の陰に消えると、微かに「ピーピーピージュジュジュジュジュ」と声がする。
スカイくん、なんと巣立って二年目にしてお父さんになっていたのですな。そしていつも一緒にいる子はお友達じゃなくてお嫁さんだったのですな。つまりこのまま上手くいけば、三週間程でスカイくんのヒナと御対面だ……!
……などと手放しで喜んでばかりはいられない。スカイは「巣立ち」した後もずっとバルコニーの横に住んでいる。そうやっていつも同じ所にいるから、カラスなんかに目を付けられたのだろう。カラスは春先になると卵や幼鳥を狙って、他の鳥の巣がありそうな場所を探ってまわる。一度でも目を付けられたら、親鳥がいない時を狙って仲間を誘い、奇襲をかけてきたりするから面倒だ。雛鳥全滅だって有り得る。
「ジェイちゃん。あんた、昔エアガンでリスやブラックバードを撃ってたんだよね」
「そ、そんな昔のことを今更……」
「その無駄に鍛えられた腕を試す時が来た。スカイのためにカラスを追い払うんだ。ガンバレ!」
「い、いやだ! そもそもボクはもうエアガンなんて持ってない!」
「銃くらいジェイパパの家に行けば腐るほどあるじゃん」
「あんな口径の大きな銃を住宅地で使えるわけないでしょ?! 通報されて捕まるよ!」
「空砲でもいいからさ」
「イヤだってば! そもそもイズミは矛盾している! カラスが大好きで飼いたがってる癖に、スカイのためなら殺してもいいなんてヒドイ! スカイだって一応野生なんだから、野生らしく厳しい世界に生きていくしかないでしょ!」
「ヒトは理屈だけで生きているわけじゃないんだよ。卓上の論理では腹は満たされないんだよ。復讐は蜜より甘いんだよ」
「そんなこと本気で思うのはイズミだけだ!」
「もしジェイちゃんが誰かに襲われて死んだら、私が命を賭けて相手を八つ裂きにしてあげるから、ね?」
「スカイの子はまだ死んでない!」
「死んでからじゃ遅いんだよバカめ。ニンゲンなら将来を考慮して計画を立てて行動するんだ。行け! ジェイちゃん! 殺れ! ニンゲンとしての知能を証明してこい!」
「知能ウンヌンの前に、ボクはイズミの人間性を疑っている!」
ジュニパーもそうだが、スカイくんはいつも私の肩に乗っていた。ヒトの肩とは鳥の為にあるのではないかと思う今日この頃。ジェイちゃんが銃を片手にニンゲン的知能の証明に向かう気配は未だに無い。




