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動物園新メンバー

 スカイが家出した。元凶はジェイちゃんだ。


1.前夜のジェイちゃんによる睡眠薬大量投与で私が死んだように寝ていた早朝、バルコニーで日光浴して寛いでいるスカイの前にジェイちゃん登場。

2.スカイに水浴び用の皿を用意してあげようと思ったジェイちゃん。しかしスカイはジェイが嫌い。

3.ジェイちゃんから逃げようとしたスカイの翼が、バルコニーの蚊遣りに絡まる。

4.スカイの翼が折れたらイズミに殺される! と焦ったジェイちゃん、もがくスカイを鷲掴みする。

5.「ギョエーーーッ」と凄まじい悲鳴をあげつつ、なんとか翼が自由になったスカイくん、大混乱の末にバルコニーから逃げてゆく。


 私が起きた時には、バルコニーにはスカイの影も形も無かった。


「ジェイちゃん一生許さない。ってか死ネ」

「……うさぎ飼おうか」

「…………ホーランドロップ。ホーランドローーップ!!!」


 かくして2016年7月、我が家に新メンバーが来た。ホーランドロップのあやめちゃんだ。

挿絵(By みてみん)


 鳥・猫アレルギーが酷く、更に仕事が忙しすぎて今現在は馬も犬も飼えない私にとって、大人しくて手のかからないウサギは中々良いチョイスと言えよう。シャム猫の代わりに、シャム猫風シールポイントのうさたんを飼おう!とめっちゃテンションの上がる私。決してスカイの恨みを忘れたわけではない。ジェイちゃんを強請るネタがひとつ増えたのに変わりはないのだ。

「ウサギ飼ったら、スカイの事は言いっこ無しだよ?!」と念を押すジェイちゃん。知るかいな、馬鹿め。飼っちまえばコッチのもんだ。


 ところでご存知の方も多いと思うが、鼻先や耳、尻尾、そして手足の先だけに色の付いたシャム猫の『ポイント』と呼ばれる模様は、メラニンを作る酵素の変異による。変異した酵素は通常の体温ではメラニンを作ることが出来ず、毛色は白かクリーム色になる。耳や尻尾など身体の先っちょの冷えた部分だけがメラニンを作り、色が濃くなる。だから産まれたばかりのシャムの仔猫は全身白かクリーム色。お母さんの胎内はまんべんなくあったかいからね。ちなみにシャム猫風ポイントカラーのウサギ達に温度変化は関係なく、彼らの模様は全く別の遺伝子変異で作られるらしい。

 うさぎは往々にして臆病で大人しく、吠えるわけでもなければ散歩に連れて行けと騒ぐわけでもない。なんの悪意も害もない、もふもふふわふわなだけの生きたヌイグルミ。実を言えば、なにがなんでも『ナニカ』を飼おうと思ったのは、深夜に疲れ切って帰って来た家に、私以外にもうひとつの鼓動が欲しかっただけだ(注:仕事の関係で現在ジェイちゃんとは別居中)。だから性格なんてあんまり関係ない。完全に見た目だけで選ぼう!と我ながらかなりヒトデナシな決意を固め、似たようなセーブルポイントの五羽の子ウサギの中から、あやめちゃんを選んだ。

 だがしかし。決め手は見た目ではなく、目付きだった。

 抱かれてもなんの抵抗もなくヌイグルミのように大人しいのは他の子と変わらない。しかし他の子ウサギたちがとろ〜んと眠たげで可愛らしい垂れ目なのに対し、そのメスの子ウサギだけが吊り目だった。良く言えばキラリと光る知性が見え隠れしているような、反対に言えば妙にひと癖ありそうな子ウサギらしからぬ目付き。我が愛コヨーテ犬エンジュや愛馬マイダスくんに通じるものがある。

 当初の決意はどこへやら、「そもそも生きたヌイグルミなんて此の世に存在しないのさ」などとうそぶき、意気揚々と吊り目の子ウサギを連れてジェイちゃん宅に帰った。


挿絵(By みてみん)


 吹雪が仔犬の頃に使っていた柵を使って、ダイニングルームに3x3メートルほどの『あやたんの部屋』を作成。私のアパートは床なので、あやたんの部屋には厚さ3センチの低反発マットレスが敷き詰められ、更に洗濯しやすいようにシーツで覆う。木箱やダンボールで作った隠れ場所(しかしあやたんは中にはもぐらず、箱の上に登って遊ぶ)、滑り台、トンネル、お皿に複数の水飲みボトル、各種オモチャ、そしてトイレ兼干草を食べる為のプラスチックケース。

 ウサギは「子ウサギの頃に頭に散弾を受けました」レベルの障害がない限り、トイレの躾が最も簡単な生き物だ。コツはウサギが「ここで食事&トイレしたい」と思える環境を整えてやること。ウサギが簡単に出入りできる深さで、トイレと干草を食べる場所を別けることが出来るくらいの広さのプラスチックケースに、ウサギが食べても安全なペーパーベースのトイレ砂と新鮮な干草を入れてやる。居心地が良ければ、ウサギは干草をモソモソと食べつつ、トイレを済ませる。あやたんは小柄なので、縦横30x60センチ、深さ12センチほどのプラスチックケースを使っているが、彼女は箱の右端で干草を食べ、左端でトイレを済ませている。ちなみにトイレの躾にかかった時間、約三秒。彼女は私が用意したトイレ以外で粗相をした事はない。ジェイちゃんが『あやたんの部屋』で勝手に昼寝したりすると、憤慨してジェイちゃんの周りにポロポロとテリトリー主張の為のフンをこぼしてまわっているが、アレはどうしようもない。


挿絵(By みてみん)


 ところで勘違いしている人が多いが、ウサギは草原を走り回る生き物だ。「ウサギは手足を伸ばすスペースさえあれば充分です」などというデタラメを鵜呑みにし、ネットなんかで狭いケージに押し込まれたペットのウサギの写真を見ると、私は気分が暗くなる。

 我が家において『あやたんの部屋』はあやめちゃんのテリトリーであり、彼女を閉じ込める為に柵が使われた事はない。ゲートは常に開けっ放しで、あやたんは私のベッドルームだろうがキッチンだろうが出入り自由なのだ。これは彼女が電気器具のコードや家具等を噛まない子だから可能なのだが、しかし初めの頃は一応人が見ていない時は彼女の安全の為に柵は閉めてあった。でも出れちゃったんですよ。たった2センチほどのフェンスの隙間から、小柄な彼女は出入り自由だったのだ。

「あやたんおやすみ〜」と柵を閉めて電気を消す。

 あやたんは人の気配が無くなった途端に柵から出て、一晩中気ままに遊び、起きてくる人の気配を察知すれば素早く自分の部屋に戻る。偶然外に出て遊んでいるあやたんを目撃するまで、三日ほどこの事に気付かなかった。以来ゲートを閉めたことはない。


 それにしてもあやめちゃん、非常に好奇心旺盛で、家の隅から隅まで常に探検してまわっている。たまに遊びに行くジェイちゃんの家は三階建てで部屋数も多いので、あやたんにとっては遊園地のようなものだ。ダダダダダー、ドドドドドーッと凄い勢いで階段を上り下りし、ジェイちゃんの隙を突いてベッドの下に潜り込み、クローゼットの奥を探検し、服の山によじ登り、ガレージに積まれたダンボール箱の上から世界を睥睨し、洗面所を出たり入ったりしている。

 あやめちゃんはウサギの癖に穴掘りや暗い巣穴的なモノには興味が無く、子ウサギの頃から常に上を目指して生きている。ソファーに乗せてやれば、ソファーの背によじ登る。一番のお気に入りスポットは三階の階段の一番上で、気が付くといつも高みからヒトを見下ろしている。生後四ヶ月くらいから椅子に座っている私の膝に飛び乗ることを覚え、今では椅子を伝って更に勉強机まで飛び乗り、目を離した隙に机の上で育てていたハーブを全て食べてしまった。

 夜は猫のようにベッドに飛び乗り、ぴょこぴょこと顔の周りを歩きまわって私を起こす。ちなみに私のベッドは中型犬でも物怖じするほど高い。あまりにポンポンと良く跳ぶので、ウサギの高跳び競技会に出そうかと思うくらいだ。馬からウサギへ、サイズは微妙に違えど、私はジャンプして干草を主食とする生き物が好きらしい。


挿絵(By みてみん)


 あやめちゃんはよくお喋りする。

 名前を呼べば、「ぷぷぷぷぷ」と鳴きながら駆け寄り、膝に飛び乗る。

 新鮮な野菜を見れば、「ぶーぶー」と鼻を鳴らしながら私の足の間を八の字に走る。

 ジェイちゃんが何か気に触ることをすれば、「シャーッ」と叫びながら仁王立ちになり、前脚で猫パンチならぬウサギパンチを十連発くらい繰り出してくる。あやたんに初めてコレをヤられた時、ジェイちゃんは驚きのあまり後ろ向きひっくり返り、あやたんの部屋を壊しそうになった。


挿絵(By みてみん)


 そしてあやたんは掃除機を怖がらない。掃除機をかけている真横で平気な顔をして干草を食べている。お風呂も全く嫌がらない。洗面台にお湯を張ってやると、ぷかぷかとお湯の中を漂いながらモシャモシャとキャベツを食べている。お風呂に入れられたショックで心臓発作……などという悲劇とは無縁なのだ。


 そんなあやたんに、猫用のオモチャを与えてみた。プラスチックのボールで、中にドライフードを入れて、猫がコロコロして遊べば餌がポロポロと出てくるというモノ。我が家の犬共にもこの手のオモチャを買い与えたことがあるが、吹雪くんは「ゴハンが中に入っている……!」と気付いた途端に目を輝かせてボールの前で永遠にお座りしていた。間違っても自分でボールを転がして勝手に餌を食べるなどという行儀の悪いことはしない。エンジュは「カラカラ」という音を非常に恐れ、ボールが用意されるとソファーの上に逃げていた。

 それに対してあやめちゃん。彼女はボールを転がせば中から餌が出てくるという摂理を一発で理解した。そして器用に鼻先でボールをつつき回し始めた。初めのうちは、家具の下やトンネルの中にボールが入ってしまい、転がせなくなって、その度にジェイちゃんが救助に向かっていた。

 しかし三日もすると、彼女は小さな取手を咥えて引っ張り出すことを覚え、家具の下に入ったボールを自分で救助するようになった。そして更に三日。ボールが家具の下に入らなくなった。観察していると、彼女は常にボールが部屋の隅や家具の下に入らないように鼻先でコントロールしている。そして水族館の回遊魚のように、家具を避けて部屋の中で大きく円を描くようにしてボールを転がしている。そのスキルたるや、前世はJリーグの選手かも知れない。そして中のカリカリが全て出切った瞬間に、「あ、コレもう空だ」と興味を失い、次の遊びに移っている。

 賢い。これは半端なく賢い。少なくともエンジュや吹雪よりも一枚上手だ。


挿絵(By みてみん)


「あやたんは天才だ!」と日々親バカな母に褒めちぎられつつ、彼女は今日も階段の上から世界を睥睨している。


挿絵(By みてみん)

スカイくんはバルコニーの隣の樹に住み着き、今現在も元気です。

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