キャッシング
「スカイスカイスカイ!」
「ぴじぇ」
呼ばれてお返事するアメリカカケスのスカイくん。素早く肩に飛び乗り、私がメールボックスに郵便物を取りに行くのにお供する。けれども彼は実はお外がコワイので、玄関のドアを開けた瞬間に私のポニーテールの陰に隠れている。
しかし家に戻ってくれば元気一杯。私が投げ捨てた郵便物をわざわざゴミ箱から拾ってきて、滅茶苦茶に引き裂くのに忙しい。しかしなぜキミは必ずベッドの上にゴミを撒き散らすのかね?
破壊行動に飽きたスカイが私の膝に飛び乗り、「ぴじぇじぇじぇじぇ」と餌を要求する。
「ベイビーフード食べる?」
スポイトを見て、ふんと顔を背けるスカイくん。彼は最近ベイビーフードよりもミルワームやシルクワームがお気に入りなのだ。ちなみに安い乾燥イモムシはグルメな彼には餌として認識されていない。冷蔵庫から生きたワーム達(高価)を取り出し、皿に入れてやる。ちなみにルームメイトのローラちゃんは私がそんなモノを冷蔵庫に保管しているなんて、夢にも思っていないだろう。
皿の中でモゾモゾと動くイモムシくん達をスカイくんがジッと見つめる。でも食べようとはしない。
「ほら、ちゃんと自分で食べなさい」
ピンセットでイモムシを指し示すと、ようやく渋々と食べ始める。彼は本当は私に一匹づつピンセットでつまんで食べさせて欲しいのだ。すでに雛と呼ぶには大き過ぎる若鳥は、やや……いやかなりマザコン気味だ。だけど私だってそこまで暇じゃない。少しは自立してもらいたい。
五〜六匹のイモムシを食べ終えたスカイくんは、残りを皿に残したまま、再び部屋中を駆け回って遊んでいる。イヌ用のボールで玉乗りしたり、ミニカーを追いかけて恐る恐る突いてみたり。そして数分毎に私の膝によじ登り、無視しているとラップトップのキーボードをカカカカッと連打してくる。
一応自分で餌も食べるようになったし、これだけ元気なら大丈夫だろうと、スカイを家に残して仕事に出るようになって二日目。スカイがキャッシングを始めた。キャッシングは餌の少ない冬を越す為のカケスの本能だ。ひとりぼっちでお留守番しているうちに、母が戻ってこなくて飢えたら困るとか考えたのだろうか。母不在の不安を切っ掛けに野生の血が目覚めたのかも知れない。
私の膝でミルワームを食べていたスカイが、何やらゴソゴソしている。羽繕いでもしているのかと思いきや、私のパンツのポケットに半殺しにしたミルワームを詰めているではないか。やめてくれ。せめて完全に殺してから……ってそういう問題ではない。
慌ててポケットを裏返したら、半死半生のミルワームやら干涸びたスクランブルドエッグやら潰れたチェリーの欠片やらがボロボロ出てきた。
キャッシングはカケスの本能。椅子の足の下。タオルの隙間。毛足の長い絨毯。それくらいならまだしも、ヤツはアウトレットの穴にまでツメツメしている。危ない。家が火事になるか電気ショックでスカイが焼き鳥になる前に、対子供用のアウトレットプラグを買いに走る。
休日。日の出と共に起き出してスカイを寝箱から出し、朝のベイビーフードを飲ませる。ついでにほんのり甘いスクランブルドエッグを作り、刻んだチェリーと共に皿に入れ、生きの良いミルワームを用意してやる。後は野となれ山となれ。昼まで二度寝しようとベッドにもぐり込む。
しかし三十分後、スカイがベッド脇のドレッサーをコンコンと叩き始めた。
「……スカイ、やめて」
コンコンコンコン。
「……スカイ、うるさい」
コンコンコンコン。
「……」
寝返りを打って無視を決め込もうとした途端、スカイがベッドに飛び乗ってきた。コラッと叱ろうと体を起こした私をキラキラした目で見上げ、パカリと嘴を開けて両翼の先をハタハタと震わせるスカイくん。
「ぴちゅぴじぇじぇじぇじぇじぇ」
すでに声変わりしてピーピーとは鳴けない癖に、それでもゴハンクレクレポーズをしている。面白すぎる。一体いつまでコレが続くのだろうか。私と一緒に暮らし続けたら、ヨボヨボの老鳥になっても赤ちゃん鳥の真似をするのだろうか。面白いから冷蔵庫からベイビーフードを出して飲ませる。
そして三十分後。
「ぴちゅぴじぇじぇじぇじぇじぇ」
「……」
再びベイビーフードをやる私。その後も三十分毎にベッドに飛び乗ってくるスカイのおかげで、結局二度寝は出来なかった。
スカイは別にベイビーフードが特に好きというわけではない。ベイビーフードなんかより、甘い卵焼きやフルーツ、ミルワームの方が好き。小さくて柔らかいキリギリスは彼の大好物。スカイは私が家にいるのが嬉しくて、単に甘えたいだけなのだろう。でもせっかく家にいるのに、私に起きる気配がなくてツマラナイ。だから好きでもないベイビーフードをねだり、私を起こす。
「このマザコン鳥め」
スカイくんに完全に不審者扱いされているジェイちゃんが、私の肩に隠れる彼に向かって舌打ちする。オトコの嫉妬は実に見苦しい。
そんなジェイちゃんにスカイくんを預け、日本に遊びに行くことにした。
初日。私は通常、自分が旅行中は一度もジェイちゃんに電話しない……というか単に忘れているだけなのだが、今回ばかりは忘れずにきちんと国際電話をかける。
「スカイに朝のベイビーフードあげた?」
「ヤツが僕からベイビーフードなんて食べるわけないでしょ。そもそもそんな至近距離まで近づくことを許されないんだから。でも大盛りにした餌はあっと言う間に無くなってたから、ちゃんと自分で食べてるみたいだよ」
それ、多分ジェイちゃんの部屋のシーツの隙間とか枕の下とかクローゼットの奥にキャッシングされていると思う。とは敢えて教えてあげない。
ジェイちゃんにスカイを預けて二日目。
「スカイとオトモダチになった?」
「うーん、友達ではない。顔見知りくらいの関係だ」
ジェイちゃんにスカイを預けて五日目。
「あんな鳥キライだ!」とプリプリ怒っているジェイちゃん。
「やけに親しげに足元に寄ってきたから、やっと慣れたのかと思ったら、足の毛を引っ張りにきただけだった! 叱るとわざわざ背後から忍び寄ってきて僕の足の毛を抜こうとするんだ! 映画を見ていたら肩に乗ってきたからちょっと可愛いかと思ったら、耳からイヤフォンを引っこ抜かれた! 撫でてやろうと思っても僕の指が近付くと怒ってギャーギャー喚きながら突こうとするし、向こうから自主的に近付く時は僕の嫌がることしかしない!」
スカイは最悪なタイプの弟のようだとジェイちゃんは言う。
「イタズラと嫌がらせしかしなくて、ジッと我慢して無視していると、コッチがキレるまでイタズラがエスカレートしていくんだ! 僕の弟の小さい頃にそっくりだ!」
そして一週間が経った。
「今日再確認した。僕はアイツが嫌いだ」と真剣な声で語るジェイちゃん。
「なんとなくジッと僕の肩を見つめている気がしたから、イズミの真似をして、心穏やかにじっとしていたら、肩にヒョイッと乗ってきたんだ。だから、イイコイイコって褒めながら、肩に糞をされることも我慢してピンセットで虫を差し出したんだ。そしたら左右の肩をぴょんぴょんしながら大人しく虫を五匹食べて、『おお、よしよし、僕たちもトモダチだね』って言った途端に耳の穴に思いっ切り嘴を突っ込まれた!」
ギャハハハ、と涙を流して笑い転げる私に向かって思いっ切りキレるジェイちゃん。
「笑い事じゃないッ! 鼓膜が破れたりしたらどうするんだッ」
「キミ、冷静になりたまえ。カケスの嘴はヒトの鼓膜に届くほど長くない」
「でも突かれて血くらい出るかも知れない!」
「猛禽類じゃあるまいし、連打でもされない限りカケスの嘴はそれほど鋭くない。危ないって言うなら、爪の方がよっぽど危ない」
「……頼むから、どうせ飼うならもう少しマトモな生き物をチョイスして欲しい。結局は僕が面倒みることになるんだから」
「どの子も私にはいい子だもん。ジェイちゃんの仁徳が足りないんじゃないの?」
ちなみにジェイちゃん、二週間の日本旅行でスカイくんが私のことなどすっかり忘れてしまうのでは……と密かに期待していたらしい。
「スカイスカイスカイ」と呼ばれた途端に 「ぴじぇじぇじぇじぇじぇ」と甘えた声で返事をして、うっとりとした顔で私の肩でくつろぐ彼を見て、「やっぱり鳥なんかキライだ……」と力無く呟いていた。
後日。
半開きになっていたタンスの引き出しの中から大量の干からびたシルクワームを発見したジェイちゃんは、さらなる鳥嫌いとなった。