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ボンノクボ

「あ、和泉先生、なんかヒマそうだね! 丁度良かった! ちょっと選手交代頼むわ」


 廊下でいきなり腕を掴まれ、緊急治療室に拉致された。

 全然ヒマじゃねーよ。ボンヤリしてみえるのは、木曜の朝から月曜まで合計四時間しか寝てなくって朦朧としているだけだよ! などと脳内で悪態を付きつつ、それでも思わず興味を持ってER内を覗いてしまう。ワタクシ専門は一応脳外科、でも心肺蘇生とかデッカイ膿を潰すのとかポッキリ折れて露出した大腿骨とか、実は大好きなんだよね。

 心密かに血の海を期待して覗いたERは静かなもので、ただテーブルの上にはタオルで包まれた灰色の猫が一匹。ピクリとも動かないところをみると、既にお亡くなりになっているのだろう。

「原因不明の病気で安楽死になっちゃったんだけど、飼主さんが病死解剖オーケーしてくれなくってさ。でも脳脊髄液の採取だけはオーケーしてくれたんだけど、僕じゃ上手く採取出来なくて。頼むわ」

「ふうん。別にいいけど、採取した液のスライドは見せてね」

 看護師から針を受け取り、横に寝かせた猫の首を少しだけ俯かせる。一気にぷすりと刺した針から零れる透明な液体をたっぷりと採取してERの専門医に渡した。


 脳脊髄液は、腰、または頭蓋骨の付け根から採取する。獣医学では脊髄の病気の場合は腰から、脳の病気の場合は頭蓋骨の付け根にある大槽から採取するのが普通だ。病気の原因からなるべく近い部位(及びその下流)から採取した方が、原因を発見出来る可能性が高い。

 しかし頭蓋骨の付け根のいわゆる『盆の窪』と言われる部分に穿刺するのは、簡単なわりに気を使う。一ミリでも間違えれば延髄に針が刺さり、そのまま心肺停止する恐れがあるからだ。相手がすでにお亡くなりになっている場合だけは気楽にやれるので、穿刺するのに数秒もかからない。コツは相手の首を俯くように曲げて、頭蓋骨と第一頸椎の隙間が大きく開くようにすることだと思う。

 ちなみに猫や小型犬のボンノクボに穿刺するのは簡単だが、ピットブルやマスチフや馬相手だと、針が届かなかったり、首の筋肉が発達しすぎていてボンノクボ自体がどこだか分かり辛かったりする。


 ならば人間相手ならどうだろう。


 人間の首には大型犬や牛馬のような筋肉は無い。遠目にも頭蓋骨と頸椎の境目がくっきりと見える。ここに針を刺すのは、物凄く簡単なのではないだろうか。少なくとも一昨日四苦八苦させられたブルドッグよりは簡単だと思う。そして少し、そう、ほんの少しだけ深めに刺せば、簡単に息の根を止められる――

 そんな事を考えつつ、ラップトップに覆いかぶさるようにしてフットボール観戦に夢中になっているジェイちゃんのボンノクボをそっと指でなぞる。

 振り返ったジェイちゃんと目が合った。と、数秒後、奴は不意に無言で立ち上がり、箪笥からマフラーを出して首に巻いた。

「ジェイちゃん、家の中でマフラーとか、何やってんの?」

「……上手く説明できないけど、なんか生命の危機を感じた」


 万が一脳外科医として職にあぶれたら、暗殺者にでもなろうかしらん。などと考えつつ郵便物を整理していたら、一枚の広告が目に留まった。


『Russian Battle Rifles $189』

『HK Stainless .40 Pistols $699』

『HK 416 .22 Rifles $349』

『38 Special Revolver $279』

『Century Arms AK Rifles $799』


 いやあ、命って安いんですね。なんてツマラナイ感想を口にするつもりは無い。唯、この国では私の暗殺者としての需要は低そうなので、今の所はとりあえず獣医として生きていこうと思っている。


ちなみに弾はS&Bのフルメタルジャケット40口径が50発で$14.99だそうです。

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