ジュニパー v.s. スカイ
カケスの仔が我が家に来て二週間が経った。自力で少しは餌が食べれるようになったスカイくんを、そろそろ外に慣らそうと思ってシスコの南にある家へ連れて帰り、バルコニーに出してやった。しかしバルコニーには先住者がいる。ハチドリのジュニパーくんだ。
ハチドリ用のフィーダーからプロテイン入りの砂糖水を飲み、更に花から蜜を吸うことを覚えたジュニパーくんは、少し前から花満開のバルコニーでのんびり生活を送っている。すでに一人前なのだが、しかしバルコニーから出て行く気配は全くない。それどころか隙あらば部屋の中に飛び込もうとする。
そんなジュニパーくんと、まだ飛べないスカイくんを会わせた結果は……。
スカイくんの入った箱をバルコニーに持って出た私の頭の上を、ブイブイと飛び回るジュニパーくん。
「ジュニパーくんの弟ですよー」などと言いつつ箱の蓋を開けた途端、「お、こりゃナンダナンダ」と自分のテリトリー内の異物に興味津々だ。スカイの鼻先十センチくらいまで近づいてブイブイ言っている。
対するスカイくん、目にも留まらぬ速さで頭上を飛び回るジュニパーくんに本気で怯え、私の肩にしがみつき、更にシャツの中に潜り込もうと必死になっている。
「ジュニジュニ、あんまりスカイくんを苛めないように。スカイはオトナになったら、鳥を襲って食べるくらい肉食系なんだからね」
「でもハチドリも好戦的だし、今は飛べないスカイより飛べるジュニパーにアドバンテージがあるから、『今のうちに殺っちまえ!』とか思ってるのかもよ?」と心配するジェイちゃん。
「自然界とは厳しいものなのだよ。とにかく、スカイくんはジュニパーくんに目を突かれないように気をつけなさい」
私にしがみついているスカイを植木鉢の間に置いてやる。慌てて花の陰に隠れるスカイを、しつこく追いかけて見物するジュニパーくん。しばらく様子を見ていたが、特に襲いかかったりする感じでもないので、二羽を置いて家に入った。
そして十五分後。バルコニーに二羽の様子を見にいくと、スカイくんがホッとした顔で足元に駆け寄ってきた。しかし右足を地面に下ろそうとしない彼の姿に頭痛がした。
スカイくん、なぜか右足指を骨折。目を離したほんの数分の間に一体何があったのか……。ジュニパーくんは知らんぷりしている。まぁこれをジュニパーくんのせいにするには無理がある。恐らく彼から逃げようとしたスカイが、自ら勝手に怪我をしたのだろう。
これでスカイを放鳥するのが三〜四週間は遅れるが、まぁ仕方が無いと諦め、足にギプスをはめてやる。一日一回、痛み止めと抗炎症剤を皮下注射してやるが、本人(本鳥?)はいたって元気。ギプスをつけたまま部屋中を跳ね回り、思いつく限りのイタズラをしてまわっている。スカイが大人しいのはバルコニーに出された時だけだ。
気持ちの良い夕暮れ時、ジェイちゃん考案のジュニパー用シャワー(ウォーターボトルに穴を開け、その下に受け皿を置いたモノ)で水浴びするジュニパーを眺める。多くの鳥は水浴びが大好きだが、ハチドリのジュニパーも勿論例外ではない。以前は紫陽花の葉に溜まった朝露で水浴びをしていたらしいが、今は毎日ジェイちゃん考案のシャワーを楽しんでいる。
ハチドリは嬉しい時や興奮した時、飛びながら「ジジジ、ジッジッジッ」と大声で鳴くというのを、ジュニパーと暮らして初めて知った。ハチドリは夏のカリフォルニアでは珍しくない鳥だが、やはり一緒に暮らしてみないと分からないことは多い。
「ジッジッジッ」と鳴きながら、受け皿に溜まった水に広げた羽根を浸していたジュニパーくんが、不意に空に舞い上がった。濡れた翼が立てる羽音は、バババババ、と重低音だ。ジェイちゃんが大切に育てている柚子の枝に止まり、西陽に背中を向けて一枚づつ丁寧に羽根の手入れをする。
ジュニパーが私と暮らしたのは、ほんの三週間ほどのことだ。自分で餌を食べることを覚えてからは、ジェイちゃんの家に移し、バルコニーでリハビリさせていた。私に会うのは二週間に一度だけ。それでも彼は、決して私を忘れなかった。ジェイちゃんにはかなり警戒心をみせ、写真すら中々撮らせない。私だと数週間振りに出会っても即座に肩に飛び乗ってくる。キスしても逃げない。
そんなジュニパーくんとの別れは、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。
朝、スカイをバルコニーに連れて出た私の頭の周りを、ブイブイと飛び回るジュニパーくん。
「ジュニジュニ、おはよう」と挨拶を返しつつ、スカイにスポイトで餌を食べさせてやる。と、ジュニパーがハッとした顔でスカイとスポイトを見比べた(ような気がした)。続いて私の椅子のアームに止まり、「ンマ」と口を大きく開けるジュニパーくん……。
「ジュニジュニ、このスポイトはジュニパーには大きすぎるよ」と笑う私をジュニパーはジッと見つめていた。そして次の瞬間、ふっと飛び立ち、バルコニーの外にある木へ向かって飛び、辺りの花を数度突つき、そして屋根を越えて私の見えないところへ飛び去っていった。
それが、私がジュニパーを見た最後だった。
花に囲まれた豊かな自然の中で、ジュニパーくんは夏を謳歌し、のびのびと生きていると信じている。