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本気で遊ぶオトナ達

 

「和泉先生、レーザータグやらない?」

「ヤルヤル」

 同僚に聞かれて即答するワタシ。我が病院では年に二〜三回、古参と新参が集まって親交を深めるというウルワシイ習慣がある。親睦会の費用はもちろん病院が払う。熟練の獣医師と活きの良い若手が、気の置けない席で酒を酌み交わしつつ和気藹々と親睦を深めるスバラシイ慣わし……などと言うことは全くなく、古参 vs. 新参者の凄まじいバトルが繰り広げられるのだ。

 前回は巨大トランポリンを使った本気ドッジボールだった。ドッジボールなんてたいして好きではないが、トランポリンで飛び跳ねるのは楽しそうだ。しかし私は丁度ER担当の夜勤だったので、残念ながら参加出来なかった。だから次は絶対に参加しようと、結構楽しみにしていたのだ。

 レーザータグとは、(まと)のついた専用のベストを着て、敵味方に分かれて光線銃で撃ち合うというゲーム。迷路のようになった暗い室内で行われる。的は赤色と青色に分かれていて、それを使って敵味方を見分ける。敵を撃てば自分の銃に点数が加算され、反対に自分が撃たれれば点数を失い、更に六秒間ほど銃が使えなくなる。


 若手は青組、平均年齢29歳。古参は赤組、平均年齢46歳。私は無論(?)青組だ。

「作戦を立てよう! 二人づつでペアになって、お互いに背後を守りながら戦うんだ!」とかラフィーが話している最中にブザーが鳴り響き、ゲームスタート。

「アッなんか鳴ってる! ってか銃が光ってる! どうしようどうしよう!」といきなりパニクる我がチームメイト達。私を含めた七人の若手の内、ラフィーを除いて全員女医。しかし確か皆レーザータグ経験者のはずだったのだが……。

「だから、ペアを組んで……」

 右往左往している女の子達相手に必死に作戦会議を続けようとするラフィーを捨てて、独り勝手に走り出すワタシ。壁の向こう側に赤い光が見えたのだ。こんな所でウロウロと群れていたら、簡単に敵の餌食になるではないか。役に立ちそうにない相方など、いない方がマシだと一瞬にしてチームメイト達を見限る。いやあ、自分で言うのもナンですが、こういうシチュエーションって簡単に本性が現れますね。


 私につられたのか、慌てて一斉に走り出すチームメイト達。しかし壁の凹みから凹みへ素早く移動し、身に纏ったベストの的の光が漏れないように身体を伏せ、辺りを注意深く見渡し、赤い光が見えたら狙いを定める……等の計画性のある動きではない。私のルームメイトのローラちゃんなど、身を隠すモノひとつない開けた場所でウロウロしている。

「ローラ!」と声を掛けようとした寸前、三ヶ所から一斉にローラが狙い撃ちされる。若手が右往左往している隙に、古参の先生方は身を隠すのに都合の良い場所を陣取ったらしい。どうやら三人がスナイパーとなり、身の軽いT先生が一人で動いている。そしてもう一人、一番の古参W先生は壁際で意味不明な動きをしている。何やら天井に銃を向けているが、あの人は一体何をしているのだろう。

 本人の意図に関係なく囮と化したローラを狙う光線を辿り、隠れているM先生を見つける。背後の樽に登り、上からM先生を狙い撃つ。即座に樽から飛び降り、壁の後ろに向かってスライディング。すかさず次のコーナーへ走り、A先生を狙うが、それに気付いたR先生に撃たれそうになる。


「た〜す〜け〜て〜」

 甲高い悲鳴に振り向けば、T先生が我がチームメイトのブリタニーを腕に抱えて走っている。彼はなんとブリタニーを人間の盾として使っているのだ。必要とあれば手段を選ばない凄腕のER医師、流石にヤルことが汚い。


 リサとキャシーが何やら喚きながら私に向かって走って来た。その背後から現れたのはW先生。即座に彼の的を撃つが、何故かW先生のベストの的は白くならない。(敵に撃たれると赤や青の的が六秒間白くなる。)W先生が余裕の表情で私を撃つ。不思議に思いつつ壁に隠れ、六秒待って、銃が使えるようになってからもう一度トライ。しかし何度やっても結果は同じ。どういう仕組みかよく解らないが、とにかくW先生には勝てない。潔く諦めて逃げる。


 走って角を曲がったところでT先生と鉢合わせた。咄嗟に身を伏せてT先生を撃つ。近距離からの撃ち合いに勝利したぜ!と喜んだのも束の間、T先生がニヤリと笑い、いきなり腕を伸ばして私の銃身を掴むと、そのまま私を引き寄せようとした。ハッ! 私を人質に取るつもりだな?! と覚った瞬間、反射的に身体が動いた。

 腰の捻りの利いたミドルキックが綺麗に決まった。

「ワタシのせいじゃないもん! 全てTが悪いんだーッ」とか叫びつつ、脇を抑えて呆然としているT先生を置いて逃げる。分厚いベストの上からとは言え、蹴りを入れただけでなく、最早呼び捨てである。


 一回30分のゲームを四回。間に一時間ほど休憩を入れたが、計二時間ほど全力で動き続けた。汗ダクで、太腿が痛くなってきた。しかしこんなに頑張っているのに、どうも満足のいく結果が出ない。

 ワンゲームが終了する度にチームの合計点と個人の得点が判るのだが、若手チームは連敗だ。やはり若さだけでは反則スレスレの裏ワザを使ってくる老獪な先生方には勝てないらしい。

 しかし更によく解らないのが、個人得点だ。何度やっても私は二位、ラフィーが三位、ダントツ一位はW先生。

「ワカラン……」

 スコアーボードの前でラフィーと肩を並べて悩んでいると、W先生がニヤニヤと笑いながら近付いてきた。

「ボカァ、和泉先生の戦い方が好きだね。動きが速くて、無駄が無い。決断力もあるし、周りがよく見えている。更に必要ならば仲間を見限るような、そんな冷静さと冷酷さが紙一重のところも実にイイねぇ」

 褒められているわけではない。完全に馬鹿にされているのがよく分かる。

「……でも撃ち合いになると必ず私が負けるのは何故ですか? 私の方が絶対に速く撃ってる筈なのに、なんか根本的な銃の構造っていうか、そんなところが違ってるような気がするんですけど」

「それはねぇ、ボクがズルイ手を使っているからだよ」

 ヒヒヒ、と嬉しげに肩を揺らすW先生に向かって、「そりゃまぁそうでしょうね」と頷いてやる。

 先日五十歳の誕生日を迎えたW先生は、我が病院イチのクリティカル・ケア・スペシャリスト。嫌になるほど頭が良く、そして自他共に認めるゲーマーだ。携帯電話として使用する以外に二機のスマホを持ち歩き、それを使って常にゲームしている。冗談でなく、朝の医師会議の時ですらゲーム用スマホを手離さない。そしてそれに対して誰も文句を言わない。もう皆諦めているのだ。しかしゲームをしながらでさえ、治療方針にしろ患畜の容体にしろ、聞かれたことに対する返答には全く隙が無い。色々と謎の多い人物なのだ。


 しかし四回目のゲーム終了後、リサが目を輝かせて駆け寄って来た。

「W先生の秘密がわかった!」

 リサ曰く、あちらこちらの壁の隅に特別な『的』があるらしい。それを十秒間ほど連続で撃つと、一気に一万点入り、更に敵に撃たれても銃が無力化しないとか、普通よりも強力な連射が出来るとか、そんな仕組みになっているらしい。

 ナルホド。何やら壁に向かって撃っていたW先生の妙な行動の裏にはそんな秘密があったのか。

 しかしチームを勝利に導くW先生の高得点の理由は理解出来たものの、壁に向かって撃つとか、ハッキリ言って私の趣味ではない。動かない的よりも動く的を全力で走り回って狙う方が、血湧き肉躍るって感じで楽しいではないか。

 五回目、ラストのゲームで私達は初めて作戦を立てた。リサが壁の的を狙い、ラフィーが無防備なリサをT先生から守り、キャシーとブリタニーはW先生の邪魔をして、私は今まで通り走り回ってスナイパー役の先生方を仕留めていく役……と分担を決める。五回目にして初めて計画性を持って行動する若手達。

 そして夜の11時、ようやく初めての勝利を手にしたのだ。



 輝かしき勝利に乾杯し、家へ帰り、シャワーを浴びようと服を脱いでビックリ。肩、両肘、両膝、二の腕から背中まで、なんと全身痣だらけだった。更に黒のロングパンツを履いていたので気付かなかったのだが、左脛が何故か血塗れで、乾いた血でパンツの裾が脚に張り付いて脱ぐ時にベリリと音がした。

 痣及び血塗れの脛の写真を撮ってジェイちゃんに送る。

「一体どうしたの?! 暴漢にでも襲われたの?!」と即座に電話が掛かってくる。

「いや、どちらかと言うと、自分が暴漢化していた気がする」

 今日は古参対新参のレーザータグバトルだったのだと教えてやっても、ジェイちゃんは中々納得しない。

「ええ?! でもレーザータグって、子供が怪我とかしないように、尖ったモノとか無いよね? 一体どうやって脚を切ったりしたの?!」

「切ったって言うか、なんか丸くエグれてる」


 多少の流血や痣程度でへこたれるワタシではない。自慢じゃないが、生まれつき痛感が鈍いのだ。ちなみに聞いてみたところ、痣が出来たのは私だけではなかった。(私が一番酷い気はしたが。)

「なんか膝に痣できてたよー」

「いつ打ったんだろう? 夢中になってて気が付かなかったね」とノンビリ語り合う若手達。

 しかし悲劇は翌々日に訪れた。


 朝の五時。ちょっと身体が硬いな……などと思いつつベッドから降り立った瞬間、床に崩れ落ちた。右のふくらはぎがこむら返りを起こしている。

 週5で障害馬術、ランニングなら月200キロ、雨が降って馬に乗れない日はジムに通ってウェイトトレーニングとキックボクシングに精を出していた私が、たかがレーザータグ如きでこむら返りかよ?! 昨年の六月以来、仕事が忙しくて身体を鍛えるのを怠っていたとは言え、あまりにも運動不足過ぎだろう?! なんて言っている場合ではない。ストレッチしてもマッサージしても治らないのだ。

 ダメだ。こむら返り如きで仕事に遅れるわけにはいかない。しかもこむら返りの原因がレーザータグとか、一生の恥ではないか。

 湿布を脚に貼り、抗炎症剤と筋弛緩剤を飲んで、ヨタヨタと家を出る。職場には車で通っているのだが、右足でアクセルとブレーキが踏めないので、左足を使って運転する。この時ほどオートマ車をありがたいと思った事はない。


 しかし病院に来てみれば、ギクシャクとロボットのように硬い動きをしているのは私だけではなかった。若手全員が脚や肩の痛みを訴えている。194センチ97キロ、鍛えまくって筋肉の塊のようなラフィーですら、「なんか腰を捻った気がする……」などと力無く呟いている。


 対する古参の先生方。ラフィーと正面衝突して尻餅をついた院長先生以外は、全員完全に無傷だった。

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