迷子
突然ですが、私はカリフォルニア在住の獣医です。専門は脳外科だが、休みの日などは時折保健所に行って去勢・避妊その他のお手伝いをしている。しかしこの保健所というモノ、私にとっては蟻地獄並みのトラップなのだ。
「ジェイちゃーん、コッチの犬とアッチの犬、どっちがいい?」
結婚以来の同居人(しかし只今別居中)に早速写メを送る。
「どっちも要りません」などと愛想無い返信が来るが、そんなもんは気にしない。
「あ、やっぱウサギにしようウサギ! シャム猫風シールポイントのうさタンめっちゃ可愛い〜♡」
「……」返信はない。
「あ! 決めた! これにした! オオカミ犬。交通事故で前脚骨折して、でも飼主さんが手術代払えなくって、保健所に引き渡したんだって。まだ若いのに骨折なんかしてたら貰い手がつかないから、連れて帰ってジェイちゃんの新しいジョギングパートナーにしよう」
「だけど骨折してるんでしょ?! そもそもイズミは脳外科でしょ?!」
「男の癖に細かいことを気にするな」
「全然細かくないッ! イズミだって手術は好きだけど、大型犬の骨折リペアーだけは嫌いだっていつも言ってるじゃん!」
「誰にでも苦手というモノはある。それにリペアーは仲良しの整形外科医に頼むつもりだから大丈夫」
私の通う保健所は広大な上に凄まじく設備が整っていて、常時数百頭いる犬猫は全て冷暖房完備の屋内飼い、晴れている日は広々とした芝生で運動することも出来るし、毎日最低一回は獣医が見廻り、簡単な治療ならその場で施す。手術の設備もわりと整っている。選ばれた猫達が集う「猫カフェ」まであるのだ。そして保健所にやってくるのは野良猫や迷子犬ばかりではない。
ウサギ。ラット。ハムスター。ニワトリ……ここまでならまぁ普通だろう。
ヤギ。ヒツジ。ブタ。
まぁヤギはアメリカでは人気のペットですし、あいつら結構運動神経良くて、簡単に柵を越えて逃げ出したりするから迷子にもなるだろう。ヒツジはやはり聖書の迷える子羊的な何かだろうか。そしてブタは……なんと言うか、野生のブタならともかく、畜産化されたブーちゃん達は迷子になるには大き過ぎる気がしないでもないが、アメリカならそれも有りなのか?
しかし先日、私は迷子ブタよりも衝撃的なモノの存在を知ってしまったのだ。
ERで働いていると、時々交通事故に遭った迷子犬なんかが保健所職員に連れられてやって来る。その知り合いの職員さんが、何かの拍子にふと言ったのだ。
「和泉先生って、乗馬するんでしたっけ? 暴れ馬の扱いとか上手そうですよね」
「うん、上手いよー」(恥ずかしながら、我が愛馬一号と二号が凄まじい暴れ馬なので。)
「あ、そしたら今度、うちのアレックをちょっと診てもらえませんか?」
「アレックくんって、誰?」
「先月からうちの保健所に居ついている野良馬です」
「野良馬……ッテナンデスカ?!」
「え? 知らないんですか? 結構多いんですよ、迷子で飼主が見つからない馬。今はアレックを含めて三頭います」
……確かにアメリカは広いと思う。しかしここはテキサスでもノースダコタでもない。結構都会なカリフォルニアなのだ。一体どうしたら馬が迷子になって、おまけに飼主が見つからないなんてことが起こるのだ?! 如何になんでもズサン過ぎるだろう?!
しかし翌週の休日、愛用の鞍を抱えてイソイソと命懸けの試し乗りに行ったことは言うまでもない。