【第二話】愛結火の趣味とは
街の中心部である大通り広場付近はいつも賑やかで夜でも人や車は絶えることはない。
大通り広場付近の地下には迷路のような地下施設が完成しており、地下鉄と隣接しているためショッピングや休日にはもっと込み合う。
当然人が集まる中心街には様々なジャンルを取り扱う店が軒を揃えていて、ここに一人歩く少女もまたあるショップに向かっているところだった。
「こうして学校の帰りに寄れるのは確かに最高かも♪」
愛結火は少し急ぎめに歩く。
目的の場所は少し大きな本屋さんの目の前の、少し古びた雑居ビルの一角だ。
普通に考えて女子高生が好き好んで向かう場所ではないだろう。
愛結火はそんなことは微塵も思わず少し思い扉を押し開けて何くわぬ表情で階段を上がる。
エレベーターはあるのだがたった3階に上がるだけだから、あえて階段にしたのだ。
コツコツコツと固い階段を踏む旅に反響して足音がうるさいのが悪い点と言えば悪い点だ。
3階分の階段をかけ上がると、ついに目当ての店が現れた。
ガチャっと事務所のようなステンレス製の扉には「air hobby」との看板が可愛らしく掛けられていた。
他にも新商品の告知とか色々書かれてあった。
その扉を勢いよく開けて、中にはいる。
「あ、いらっしゃいませ~……って愛結火ちゃんじゃない! こんな時間に珍しいわね~さぼり?」
「もう、さぼりなんてしませんよ! 今日は入学式でたまたま帰りが早かっただけですから」
「ほほ~う? 入学式とな? つまりはついにJKになったと……」
「……その言い方はなんか卑猥ですね。普通に入学おめでとうとか言っては貰えないのでしょうか……」
「うそうそ、冗談よ♪ 入学おめでとう! マスターは今はちょっと出てるけど、やってく?」
扉の正面で作業していた若い女性がそう言うと、店の奥を指差した。
愛結火もその意味を理解していて二つ返事でついて行く。
「今日は何してく? 動的? 精密? タイム?」
「ん~精密して行こっかなぁ♪」
「りょーかい」
若い女性は店の奥に行くと1つの細長いアタッシュケースをもって帰ってきた。
そのケースには確かに愛結火との名前がかかれていた。
「ほい、これが預かっていたものね」
「ありがとうございます!」
ここはいわゆるガンショップ。と言っても実銃などの本物は置いてはいない。取り扱っているのはあくまでソフトエアガンやモデルガンなどで、一般人でも特別な手続きを行う必要がない物だ。
そして、この「air hobby」はそんなエアガンを専門に扱う珍しいみせだ。
さらに、この店舗にはただ単に販売する販売店と言う表向きの顔とは他に、顧客のエアガンのカスタムの相談に加え、店内に設けられたASF(Air Soft Fire)競技ルールに沿ったシューティング施設では有料で自由に射撃ができる。
ASFとは日本の世界的エアガンメーカーである「東京BB」と言う会社が主催となって開催されている大会だ。
驚くことに、いつしかASFは国境を超えWASFC(world air soft fire cup)と言う組織が独自に作られ、世界規模で認知度をあげているスポーツ射撃へと拡大してしまった。
当然エアガンの生みの国である日本の政府もこの急成長ぶりに強く関心を寄せて、翌年に遊戯銃推進法を提案した。これは各政令指定都市で定められていた青少年健全育成条令の中に含まれていた18歳以上用。
いわゆる18禁エアガンの年齢制限を緩和し、10歳以上とするもので、さすがに一部意見としてこれに反対する声もあったが、これは未成年がエアガンショップで購入する際に親権を持つ保護者が同伴し、実銃のように登録制にするなどの決まりを設けたのだが、これでも反対する声は治まらず、政府は少年法まで改正をして「未成年が遊戯銃で引き起こした犯罪については、未成年でも刑法を適用する」とした。
ここまでするとは反体勢力も思ってもいなく、政府がどれだけWASFCに期待を抱いているかと言うことを周囲に考えさせた。
こんな状況下で可決された遊戯銃推進法は多くのメディアで報道され、日本国内でもこの法案は有名になった。
玩具であっても紛れもない「銃」であるため国民への印象が悪いのは認めざるを得ない事実ではあるが、事態は一転した。
1つの理由として人気アイドルが相次いでエアガンへの道にのめり込み、それに続くようにファンも続々と認識を改め、エアガン人口は中高生などの若者の世代が飛躍的に増えて行くようになったのが大きい。
2つ目としては先程人気アイドルと言ったが、アイドルに関わらずエアガン自体がかなり身近な物となったため、女性の参入も世間の印象改善に一役買ったと言えるだろう。
その中の一人が、心弾ませてケースを抱える愛結火だった。
「愛結火ちゃん、高校生になったってことは出るの? 今年のチャレンジカップ」
「まだ決めてはいませんが……多分出場するんじゃないかなぁ~」
「へぇ~、私は良いところまで行けると思うけどなぁ」
そう言うと女性は頬杖を着きながらホワイトボードに書かれているスコア表を片目で確認し、ニヤニヤと意味深そうな顔をした。
そこには愛結火と言う名前が数々の種目でトップを飾っていた。
ここには様々な競技人たちがたくさん来る。
最近始めた新人さんから、国の強化選手と認められた達人まで。それだけここの設備は揃っていたのだ。その中で上位に書かれる愛結火の名前は、愛結火自身の技量を物語っていた。
「よし、じゃあ準備するから、そっちも準備よろしく」
「はい!」
そう歯切れのよい返事をしたかと思うと、テーブルにケースを置きガチャガチャとバックルを外してケースを開いた。
そこには大きな銃が眠っていた。グリップ部分は大きな穴があるのみで、全体的に見ても角張がなく丸っこいフォルムをしている。
上部には大きなスコープ……いや、スコープの部類では普通サイズではあるのだが、それが備え付けられている。
誰がどう見てもL96だった。
と言っても、銃床部分が改造してあるが……
抜いたまま保存されていたマガジンに白いBB弾を1発づつ詰め込んで行く。ローダーの類いは使わないのが愛結火のこだわりでもあった。
このBB弾もASF競技専用弾だ。
普通の弾とは表面処理、重量が異なる。
重量に至っては、サバゲーで使う弾が普通0.2~0.25㌘が主流であるのに対して、競技には0.3~0.43㌘が好んで使われる。
こう言った重量弾は飛距離がでない代わりとして、非常に風の影響を受けにくいし、重いものは曲がりづらいため距離が決められ無風の競技ルームでは頼もしい限りだ。
「よし、準備終わったよぉ~」
「よろしくお願いいたします!」
精密射撃競技とは純粋なターゲット射撃のことで、よくあるターゲット用紙に10㍍離れたところから5発射撃し、着弾地点のスコアを競う物だ。
競技射撃の基本とも言える単純かつ明確なルールだけども、高得点を叩き出すのは簡単ではない。
競技はスタンディングで行われる。
競技者はスタート前は銃の安全装置を掛けた状態で構えてはいけない。この時までは独特の緊張感が張り詰める。
【Standby】
無機質な抑揚のないデジタル音声が再生される。
公式の音声であり、こういう細かなところが利用者が多い理由だ。
【Ready】
Readyと言う指示が出たら安全装置を解除し、銃を素早く頬付けさせ射撃ポーズをとる。右手の人差し指は、トリガーには触れずにトリガーガードに沿わせる。これはASF全ての競技で共通であり、これをいかに美しく見せるかと言うことにこだわっている人も居るそうだ。
少し間を置いたあとに、電子的なブザーがブーーっとなる。
競技開始の合図だ。
店にた女性は腕を組んで、まるで自慢の娘を見るような目で静かに待った。
ボルトをゆっくりと引き、親指で押すようにゆっくりと押し戻すと初弾がチャンバーに送り込まれ、トリガーを引けば撃てる状態になる。
背筋を伸ばし、左手で銃を支えてピタッと制止する姿は素直に美しいと言える。
時間制限は10分。単純計算で1発毎に2分も使える事になるから、よっぽどの事がない限り時間の心配はない。
それだけ落ち着いて挑める事に繋がり、競技に集中できる。
愛結火はゆっくりと肺に溜まった空気を吐き出す。
そこから更に呼吸を止めて、トリガーに指を掛けた。
【パスッ】
縮められたスプリングがピストンを勢いよく前進させて、ピストンノズルへ向けて空気を圧縮して行く。その空気はチャンバーに固定されたBB弾を推し進めて、0.0数秒で銃口へと達する。
効き目以外からの余計な景色を遮るための特殊な形のゴーグルを掛けたまま、止めていた呼吸を再開すると共に、また次の弾をチャンバーへと送り込む。
愛結火の射撃はまだまだ続いた。
「お? お客さんかな?」
女性は接客のため、店番に戻った。
「うわぁ……バス待ちかよ」
今日は午前中で終わってしまったため普通よりもかなり帰りが早い。
いくらここがバスターミナルとは言え、必然的にバスの本数が非常に少ない時間と重なると言うわけだ。
大体待ち時間は20分ほど。
バスを乗ってからの時間が10分くらいで、家につくまで30分。これはここから歩いて帰るとほぼ同じ時間になる。
せっかく定期代を払ってるわけだし、バスを乗らない手はないが……
歩くのもめんどくさいので、結局バスに決定した。
時刻表を見るにバスとすれ違いになっていたため、順番は最初に乗り込めて座席に座ることができる。これは少し嬉しい。
スマホとかで適当に暇を潰していると、《三番乗り場にバスが到着します。行き先をご確認の上、ご乗車お願いします》と言うアナウンスがされる。
その頃には当然俺の後ろに列が出来ている。
続々と取り込むなか、俺は無事座席につくことができた。
「お、お帰りお兄ちゃん」
「た、ただいま……」
おかしい。おかしすぎる。俺の妹が俺より先に自分から「お帰り」と言うなんて……
絶対に何かある。
「何かあったか?」
「な、何でもないよ! ……そ、それより入学式はどうだった!?」
流される訳にはいかない。絶対に突き止めてやる!
と言ってもこれ以上問い詰めても変なので、今はここら辺で戦術的撤退だ。
階段を上り、着替えも兼ねて自分の部屋へ行った。
扉を開けて、ひとまず異常がないか眺めて、細かなところを確認する。
「……特に変わりはないな。」
ふと、この部屋で俺がもっとも大切にしている物が目に留まった。
2年前、親父に懇願して誕生日に買って貰ったエアガン、レミントンM700ボルトアクションライフルだ。
木製風ストックに黒い銃身が乗っかっているシンプルかつ美しい銃だ。
このシンプルさから生まれる高精度の射撃と壊れない信頼性は多くの軍のスナイパーや法執行機関に買われて、自衛隊でもM24と名前を変えて使われており観客の前で800m狙撃をこなして見せる。
傑作ボルトアクションスナイパーライフルだ。
俺の持つこれも、3×9倍のスコープとバイポッドにサプレッサー、スリングを別買いして付けている。
見えないところで言えば、ピストンヘッドの緩衝材をソルボセインと言う樹脂材料に変更したり、ホップアップと言う飛距離を伸ばすためにBB弾に回転をかけるホップパッキンをWホップパッキンに変更したりと、俺の趣味のなかで大多数の資金を投じている。
「まさかな」
少し悪寒がした俺は恐る恐るM700を確認して行く。まず、マガジンの着脱、ボルト操作、そしてトリガー。
「なんだ……問題ないじゃないか」
動作に問題がなかったことに歓喜して、その勢いで構えてみる。
直後……
ゴトン
鈍い音が床から聞こえた。かなり大きかったから聞き間違いではないだろう。
恐る恐る下へ向けるが
そこには黒い円筒状のものが、コロコロ転がっていた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
自分でも驚くほどの奇声と言うか、悲鳴を上げてしまった。
扉の向こうでは、ゴツンと言う音が響いた。
すぐさま冷静になって落ちた原因を探ってみる。
まず、落ちた黒い円筒部品はサプレッサーだ。
このサプレッサーの取り付け方法はワンタッチ式ではなく逆ネジ方式。
とれると言うことはネジが緩んでいたか……
違った。頑丈に作られているはずのアタッチメントが、ポッキリ折れていた。
とりあえず、交換決定だ。
サプレッサーの方に折れて埋ったネジは、ラジオペンチで格闘すること20分で摘出することができた。
サプレッサーや銃本体のネジ山には幸いにも壊れてはいなかった。
このアタッチメント自体は1000円でお釣りが来るほどなので問題はない。
ひとまず安心した。
「買いにいかなきゃな……」
時間はまだ3時前。時間的には晩御飯前には帰ってこれる。
いつまでも不完全な状態にしていたくはないので買いに行くことにした。
今までとは違い、今日からは定期利用券と言うバス地下鉄が乗り放題なので交通費は掛かることはない。
財布と定期とを持って玄関に向かう途中、妹と出会った。
「どうした?」
「え……あの……」
いつもは見せない妹の少し怯えた顔。
妹なら俺がどんなにエアガンを大切にしてるかぐらいは知っている。
きっと服でも引っ掻けてM700を倒したりでもしたんだろう。俺が色々付けたせいでかなりの重量になっていたから、サプレッサーの方から床に落ちて耐えきれなかったアタッチメントが壊れたのだろう。
「怪我とかなかった? 足の指先とかに落ちたら洒落にならないからさ」
「え……うん。て、ちがくて、ごめんなさい! 弁償はするから!」
この家では俺も妹も「失敗したら謝れ。そして失敗を取り返せ」と昔から言い聞かせられてきた。
だから、人のもとを壊すと言うのは、例え兄弟の仲だとしても見過ごせる事でもなかったのだ。
「だから私も行く」
「え? マジで?」
妹とガンショップか……聞いたことないけど、こうなったら言うこと聞かないんだよなぁ
「わかったから、はよ準備しなよ」
そう言うと、板の床を走って自分の部屋へと走ってった。すぐに戻ってきた。
「よし、行くぞ」
俺はさっき来た道をまた逆戻りするように、自転車→バス→地下鉄と乗り継ぐ。
地下鉄は大通り駅で下車して数分歩いた。
「どこ行くの?」
「ん? ここら辺でエアガンのパーツ売ってるのはair hobbyって言う店しかないんだ。まぁ、そこにいけば大抵の部品は揃う専門店みたいなもんだな」
「へぇ……そのパーツって言うのいくら位する……の?」
「ん? ん~大体2万円位かなぁ~」
「にっ2万!? 本当に!?」
妹はあまりの金額に目を見開いた。ばかりではなく、顔色を悪くしてしまった。冗談が過ぎたかな……
「嘘だって、800円くらいだよ」
「私も今結構悪いと思ってんだよ!? ちょっと本気でどうしようか困ったじゃない!」
「まぁまぁ~、ほら着いたぞ」
そうこう言ってるうちに、目的のair hobbyへと到着した。
「こんなところにあるの? 今まで知らなかった……」
「まぁ、何処にでもあるような建物だからな~一見事務所っぽいし仕方無いよ。」
「いらっしゃいませ~(お? カップルさんかな? 男の子の方は前から見覚えはあるけど……愛結火ちゃんと同い年くらいか)」
マスターから店を任されている以上、愛結火ちゃんに付きっきりと言うこともできない。
「(見たところ女の子の方はエアガンに慣れていないようね)」
壁一面に飾られた箱だし状態のエアガンから、店のオリジナルのカスタム済みのエアガンまで、始めて見る人にとっては威圧感を与える。
「これ……みんなエアガンなの?」
「そだぞ? 憧れるよね~。あれがM4で、P90にAKシリーズがこんなにビッシリ……一回でも良いから撃ち比べてみたいもんだよ」
「ほへぇ……」
銃の類いに興味は無いと言う人でも、一度でもエアガンと言う玩具を目の当たりにすれば自然に手に取りたいと言う気持ちが湧いてくると言うもので……
妹も目の前のP90に手を触れる……
事はなく、ふと目に入ったカウンター横に貼ってあったポスターの前へと行ってしまった。
「ASF競技体験イベント開催中? やりたいの?」
「え!? ち、違うよ! 少し何かなーって思っただけだし!」
なになに? 競技ルーム使用料+競技銃レンタル料で出来るのか。競技ルームが30分100円でレンタル料が一律500円。
そんなとき、カウンターテーブルに頬杖を付きながら聞いてくる女性。多分と言うか、以前も見たことあるから店員の方だろう。
「彼女さん挑戦するかい?」
「い、いや……私まだ14歳ですし……。あ、そうじゃなくて彼女じゃありませんっ!」
「? じゃあ……彼女予定?」
「妹ですっ!」
「そりゃすまなかったね~っと、今ね、13歳からASF始めた女の子が奥にいるけど? 本当にやってかない?」
「でも……」
「やって来れば良いじゃない? 母さんには遅くなるって伝えとくから」
「じゃ、じゃあ……」
恐る恐るだが確かに興味自体はあるようだ。
今時ならよくテレビでもASFなら特集されてるし、知らないことを知りたくなるのは人間の本能だ。
「じゃあ、ピストル競技とライフル競技の二種類あるんだけど……どっちが良い?」
困ったように俺に無言で問いかけてきてる。
「……簡単に言うと両手で撃つのがライフルで、片手で撃つのがピストルだよ」
「じゃあライフル競技で」
「OK! 君はどうする?」
「僕は買うものがあるので、後から向かいます」
「じゃ、少し待っててね~」
ここはスコープとか銃の調整したり、とりあえず撃ちたい人向けのシューティングレンジが上の階。ここはよく俺も使わせてもらっている。
ASF競技ルームはこの階にあるようだが、あいにくASF競技ルームは入ったことはなかった。
ルールも何となく知っているが正しいだろう。テレビ程の内容ぐらいしか持ち合わせていない。
「さっさとアタッチメント探しますか……」
「お嬢ちゃん、まだ名前聞いてなかったねぇ? 私は東城沙織。この店のアルバイトしてるんだ」
「バイトだったんですか、私鈴宮美香って言います。」
「美香ちゃんかぁ。じゃ、今日はどうしてこの店に来たの? 初めてでしょ、こう言うところ」
美香にそう訪ねると、急に顔が落ち込んでしまったように見えた。
美香はゆっくりと事の成り行きを話した。
「なるほど。兄ちゃんのライフル折っちゃったから、弁償しに来たと。良かったなぁ良い兄貴もって」
「え? それはどういう……」
「話聞く限り、サプレッサーの取り付け具が壊れただけだろうから、890円で治せるよ。それにこのASF体験の料金は君の兄貴が払ってくれてるから」
「っ!」
「そうさ、君の実質負担額は大体50円だ」
「ま、あとでお礼言っとけよ」
一通り話終えたところでどうやら目当ての部屋に着いたようだ。
美香はまだ閉ざされた扉の先に興味心から来る希望と、若干の不安との両方を抱きながらも、ライフルを胸に抱える力を強めた。
沙織さんは口元に人差し指を立てて「しぃぃ~」と指示した。慌てて口を閉じた美香を横見に、ゆっくりと扉を開けて、中へ入った。
中は耳鳴りがする程の静寂で、色々な種目で使うであろう器具が乱雑してはいるが、すべてが頻繁に使っているようで埃1つ付いてはいないようだ。
「(あの人……きれいな人だな……。お兄ちゃんと同い年くらいかな)」
唯一部屋の中にいた一人の女性が、状況的に考えて先程の話に出てきた13歳から始めたって言う女性だろう。
その女性はまだ私たちの存在に気づいていない様子で、凄い集中力で射撃?をしていた。
いつまでこうしているのかと沙織さんを見るが、沙織さんは耳元で「しっかり見ときな」と目の前の彼女に気づかれないよう凄い小声で返された。
学生服姿の彼女は足を肩幅ちょい開いて、背筋はピンと伸ばし絶妙な曲線を描き、きれいな体のラインが見てとれるようだった。
そんな姿を見ていたら……私はいつの間にか見とれてしまい食い入るように見つめていた。
そして、気付いたときには1つのある想いが私の心に居ずいてしまっていた。
【いつか私も……】
その時、私は彼女と目があった。
さすがに二人揃ってずっと見てると彼女も不審がってしまったようだ。
「ど、どうしました?」
……。……。
「なるほど……つまり彼女にASFを教えてほしいと……」
「ダメかな?」
「ダメでは無いですけど……一応私お客ですよ? 良いんですか? そんなことして……」
「良いの良いの! 別に雇ってないからボランティアとして考えれば! んじゃ、店番に戻るからあとよろしく!」
「あ、ちょっと!……」
なんか、さっきまであんなに集中していたのに……中断させるようなことして何だか申し訳ないよね……
それにしても、間近で見れば見るほど凄い美人さん……。雑誌に載ってるとは別の美人と言うか……
「行っちゃったね……」
「集中してたのに中断させてしまってすみません……」
「え? えぇ~っと、それは別に気にしてないから。それにちょうど区切り良いところだったし……。それより、ASFは初めて?」
「あ、はい! こう言うのも持つのも初めてで……」
「了ー解♪ とりあえず構え方から教えて行くね♪……じゃなくて、自己紹介まだだった……私、柊 愛結火。さっきの沙織さんとは親戚で昔からこの店でも良くしてもらってるの」
「どうりで…… 私、鈴宮 美香って言います。今日はよろしくお願いします!」
一通りの挨拶が終えたあと、本格的な話に切り替わった。
「まず、私のやつとさと美香ちゃんのやつはさ、形違うでしょ? でも、同じライフルなら基本的な構え方は変わらないの」
そう言うと愛結火さんが、スッと構え? の形を取った。さっき見とれてた光景……
「とりあえずやってみて?」
「は、はい!」
見よう見まねで私もできる限り近い構え方を意識するが……やってる私でも“どこか違う”と言う違和感があった。
それに、今まで抱き抱えていたからそれほど重さを実感しなかったのか、今こうして構えると左腕がピクピクしてくる……
「まず……ね、棒立ちじゃなくて足とか開いたら少し楽になるよ? それと、左手さ……それじゃあ疲れてくるから肘を体にくっつけるようにして、もっと銃の手前側を支えると安定するかも」
確かに言われてみれば愛結火さんのとはどれも似てるようで違っていたようだ。
指摘されたところを、少しずつではあるけど私なりに頑張って直した。
ふぅ……っと愛結火さんが、一息つくところを見るとどうやら終わったようだ。
「はい、今度はその形を忘れないで素早く構えてみて?」
言われた通りにやってみる。
映画みたいに構えたときにガチャガチャと言う独特な音はでなかった。
それどころかとてもがっしりな作りのため、多分振り回してもその音は出ることはないだろう……。
「うん、良い感じだね! じゃあ次は撃ち方をマスターしよう」
「まず、このセーフティーを弾いて、このボルトって言うのを上に上げて、引く。引ききったのを押し込んで、ボルトを倒す。これで発射準備完了」
私が持ってる銃に指差しながら押してえくれる。内容は意外に簡単そうだと思った。
「意外に簡単なんですね!」
「そう思うでしょ♪ でも、ここから本番ね」
エアガンを撃つときには絶対に必要と言われたゴーグルをかけて、ついにこのときが来た。
教えられたように出来るだけ素早く構えて、スコープを覗いた先にあるターゲット用紙を探した。
「っ……」
「どお? 自分では動いてないはずなのに、凄い揺れてない?」
美香は一旦銃を下ろし、微妙に疲れた腕をリラックスさせる。
「はい……中心に合わせるなんて出来るんですか……?」
「そうだねぇ~、むしろそこが精密射撃では……と言うか、射撃全般で難しいことなんだよ。私でもピタッと揺らさないなんて出来ないし……たぶん誰もできないと思う。」
「誰もできない!? じゃあ何で的に……」
BB弾の着弾を示す痕が付く、使用済みのターゲット用紙を手に取りまじまじと見つめた。
「人て言うのは常に動いてるものなの。呼吸に脈拍、微妙な筋肉の震えとかね。射撃の名手得意とかプロって呼ばれる人たちって言うのは、色々な工夫とか条件とか……自分の体のことを研究して、いろんな揺れを制限していって、自分流の撃ち方をマスターしていくの」
「自分流の……」
「この競技の面白いところもそんな感じなんだけどね♪ 決まったやり方はない、意外に奥が深いんだよ!」
その時、扉の開く音がした。
二人は話を中断して入り口を見るが……愛結火は固まった。
「お兄ちゃん!」
「へ!?」
「……え?、えぇ? 何で柊さんがこんなところに……」
お互いの顔を見て困惑する二人。
「なんだ、二人とも知り合いだったのか?」
しばらくの間、二人は状況を理解できないまま立ちすくんだ。
ここからが、彼らの青春の始まりであり、戦いの始まりでもあった。
とある某所の一室にて、
書類が乱雑する薄暗い部屋にいくつもの机が並べられ、数人の人影が作業しているみたいだった。
「会長、今週要望された部活動申請書の一覧です。」
「サンキュー、でも悪いけど全部却下。適当な理由をつけておいてくれない?」
「と言いますと?」
「ん~……そうだねぇ~……」
会長と呼ばれた人は、申請書に目を通すこともせず少し考えるとこう吐き捨てた。
「我が校は、活動目標や活動成果が期待できない部活動に生徒から徴収した貴重な財源を配分することはできない。とかね?」
「かしこまりました。」
そう言うと、その女性は静かに自分の総務と書かれた座席へと戻り書類整理へと戻った。
総務の女性はその書類を隣にいた金色の髪の毛の女性に渡した。
「これ、捨てておいてくれる?」
「はい、もちろん」
笑顔で申請書を受け取った金髪の女性は、興味本意でパラパラと軽く内容を見てみた。
「面白そうな申請ばかりなのですね♪」
「面白い……か、くだらないの間違いでは?」
「そうですか? 私はそうは思いませんけど……」
そうは言いながらも不適な笑みを浮かべながら、手に取った書類を惜しみ無く資源回収のゴミ箱へと放り込んだ。
書類の束の一番上に重ねてあったサバイバルゲーム部申請書を一瞬目に留めたが、再び手に取らせるほどの効力はなかった。
「あ、セリナちゃん! お茶おかわり!」
「会長……私これでも見学なのですけど……それにそれは紅茶です……」
私、クロスエンフィールド・セリナはここ日本で自由気ままで楽しく暮らします。
引き続き、ご意見ご感想お待ちしております。
また、A○S競技のライフルクラスをモデルにしたのですが、かなり違うこともあるかもしれません。
お読みいただきありがとうございました!