93. 人型魔物との戦闘 その5
「やべッ!」
慌てて距離を取ろうとするが、下がる琢郎よりも突っ込んで来るゴブリンの方が速い。
「ギゲ!?」
だが、あともう1歩かそこらで武器が琢郎に届こうかという時、不意にゴブリンがそのバランスを崩した。
同時に琢郎はゴブリンに向かって強烈な逆風を浴びせ、さらにその崩れを大きくする。加えてその風を利して、大きく後ろに下がって再び距離をおくことに今度こそ成功した。
「ったく、殺していいなら<風刃>1発で片付くのに。時間を稼ぐだけってのは面倒だなぁ」
風を浴びせ続けながら琢郎は呟く。
だが、これもリリィのためと言うなら仕方がない。
それに、ちょっとした思い付きだったが、案外うまくいった。
先ほど直前でゴブリンがバランスを崩したのは、偶然ではない。
本格的な魔法を使うならば手は地面に付いた方がいいが、少しいじるくらいならその必要もないだろう。そう考えた琢郎が、元素操作でゴブリンの足元に小さな隆起を生み出し、躓かせたのだった。
操作の規模も小さかったので、離れていたゾフィアには風とは魔逆の地属性の元素操作をしたことについては気づかれていない――はずだ。
「……で。リリィの方はどうなった?」
再び余所見をする余裕ができて、次のゴブリンと戦っているはずのリリィへと振り返った。
もちろん、今度は同じ失敗をしないよう、自分の相手のゴブリンも視界の端に留めている。
「ええぃッ!」
その先では、2匹目のゴブリンにもトドメを刺し、ゾフィアがあえて向かわせた3匹目にも手傷を負わせている少女の戦う姿が。
どうやらもう1対1では、十分優勢に戦えるようになったようで、琢郎も安心できそうだ。
ほっとして琢郎は、また自分の相手へと向き直る。
また琢郎に向かって来るならまだしも、風の妨害でこちらをあきらめ、リリィの邪魔をしにでも行かれたらたまらない。
今戦っているゴブリンを倒すことができれば、おそらく次はこいつがリリィの相手だろう。それまでは、きっちり足止めをしておかなくては。
「……ん?」
そう思っただけだったのだが、向き直った琢郎は自分が足止めしているゴブリンのさらにその後ろ、斜面になった上の方でいくつもの影が蠢くのを見つけた。
だんだん近づいてきて、やがてその正体がはっきりする。予想はしていたが、やはり別のゴブリンの集団だった。
それも、数が多い。狩りでもしていたのか、後方の2匹は大きな猪らしき動物を太い木の棒にくくりつけて担いでいたが、それ以外は石斧、あるいは長い棒の先に尖った石を付けた槍のようなものを持っている。
「ゲギャ!? グギガァァァ……!!」
向こうもこちらに気づいたらしく、同胞が襲われているのを見ると、担いでいた獲物もいったん放り捨ててこちらへ斜面を駆け下りてくる。
その数、10を超えていた。
「ちょっと多すぎないか!?」
さすがにこの数を殺さずに相手するというのは無理がある。
思わず声を上げてしまったが、そう考えたのは琢郎だけではなかったようだ。
「ギャアッ!」
悲鳴が上がった方を見ると、これまであしらうだけだったゴブリンを、突如としてゾフィアは一撃に斬り倒していた。
「仕方ない。新手は私とタクローで始末するぞ!」
そう指示を変えると、ゾフィアはリリィに振り向く。
一気に仲間の数が増えたことでゴブリンは勢いづき、逆にリリィは敵の増援に驚いて心が乱れた結果、リリィの優勢からほぼ五分に戦いとなっている。
「リリィはそいつを倒したら、自分の身は自分で守ること。討ち洩らしが出るかもしれない」
「は、はいっ。わかりました!」
ゴブリンと槍を交えながらも返事をするリリィに満足して、今度は琢郎を見る。
「タクローは私の援護を。できれば1,2匹はリリィに残したいが、それは余裕があればで構わない」
そう言い置くと、集団で斜面を下りて向かって来るゴブリンたちをその場で待ち受けることなく、相手の勢いに負けぬようゾフィアは自ら斬りかかっていった。
「<風刃>!」
まずは目の前のゴブリンを魔法で打ち倒し、琢郎も新手のゴブリンたちへの対処に移る。
と言っても、他人と連携しての経験など琢郎にはない。
下手に直接ゾフィアを援護しようとしても、動きを読み誤って魔法に巻き込んでしまうかもしれない。
集団の先頭ではなく、後方に狙いを定めて魔法を放っていく。
「ギャッ!」
「グゲェ!」
その結果、ゴブリンの先頭がゾフィアに届く頃には、集団の後方にいた4匹ほどが頭や腕を風の刃で斬り落とされ、死亡あるいは戦闘不能に陥っていた。
倒されていくのは、後方のゴブリンだけではない。
「せいッ! はあぁッ!」
気合一閃、ゾフィアの剣が先頭のゴブリンを斬り裂き、返す刃で次のゴブリンの首を飛ばす。
さらには頭部を失ったゴブリンの死体をその後ろに蹴りつけると、ぶつかって動きの止まった後続をも斬り倒した。
前は辿り着いた先からゾフィアに斬られていくが、その間も後ろは琢郎の<風刃>により、これまた切断されていく。
みるみるうちに新手のゴブリンたちはその数を減らし、残るはわずか3匹となる。
「ゲギャギャア!?」
勝ち目がないと悟ったのか、その1匹が慌てて逃げに転じる。
だが、逃走を許してさらなる増援を呼ばれる可能性を作るほど、琢郎も甘くはない。
「<風刃>!」
逃げる背に容赦なく風の刃を浴びせて、地面に新たに大きな血の花を咲かせたのだった。
とりあえず今回の戦闘はようやく終了です。
まだ2匹ほど残ってはいますが、そこの始末はさくっと流して、次回は戦闘後の話となる予定。




