86. ゴブリン討伐出発
「……では、明日の朝にまたこの場所に集合ということでよろしいか?」
一通りの説明が終わると、そう言ってゾフィアは今日の打ち合わせを締めようとする。
「え? これから行くんじゃないんですか?」
打ち合わせに時間を取ったとはいえ、まだ昼前。話が終われば出発すると当然に考えていたリリィは、驚きの声を上げた。
それに対し、ゾフィアは軽く首を横に振り、再び先ほどの地図を示した。
「そのやる気は評価するが、地図をよく見て欲しい」
レオンブルグから街道を、途中で最初の課題で行った池の近くを通って、目的地まで指で再度なぞる。
「見ての通り、目的地までは池までの倍以上の距離がある。昼から出発したのでは、よほどうまく討伐が進まない限りは街に帰り着くのは夜になってしまうだろう」
その説明に、リリィはきょとんとする。
琢郎の方も何も言わず、ゾフィアからはフードで顔が隠れていて反応がわからなかった。
わかりやすく説明したつもりだったゾフィアは、当てが外れてさらに言葉を重ねる。
「前の課題で池まで行くのに、どれくらい時間がかかった? それから考えてくれれば、私の言っていることもわかるはずだよ」
「えっと……10分ちょっと。15分弱くらい、だったと思います」
「……えッ!?」
リリィの答えに、今度はゾフィアが驚く。
その数倍の時間を想定していたために目を丸くしたが、リリィの隣が視界に入るとすぐに気づいた。
「……そうか、風属性の移動補助魔法か。たしかにそれなら、今から出ても十分に討伐の時間が取れる。だが移動に魔力を使って、肝心の討伐の時に魔力が切れてしまえば本末転倒だ。それは大丈夫なのか、タクロー?」
問われた琢郎は、すぐには答えを返さなかった。
もちろん実際のところを言えば、その程度の距離を<風加速>で移動することなど造作もない。
だが、そう正直に告げていいものかどうか。
得意属性を全部ではなく風と答えたのと同様、余計な詮索はなしと言っても、あまり自分の能力を晒すつもりは琢郎にはない。
自身の実際のMPが異常に多いだろうとは予測しているが、今のゾフィアの反応からではここで頷く程度はアリかナシかは判別し難かった。
「……それくらいなら、大丈夫だ。あまり派手な魔法は使えないかわりに、魔力量にはそこそこ自信がある」
しばらく迷った末に、琢郎は首を縦に振った。
一応の判断基準は、質問の仕方が普通に可不可を問うもので、特別『普通なら無理だ』とは聞こえなかったこと。
それに、言っていること自体は嘘ではないため不自然には聞こえにくいはず。返答が遅れたことも、少し考える程度には負担があるからだという印象を与えると期待できた。
「そうか。それなら……」
琢郎の返事を受けたゾフィアは、ロビーの壁に掛けられた時計に目をやって、しばし計算する。
「では、30分後。いや、少し早いが先に腹に入れておくことも考えて45分後に。装備を整えて、北門前に集合でどうかな?」
「は、はい。大丈夫です。それでお願いします」
あらためて出された再集合の時間と場所に、今度はすぐにリリィが賛同を返す。
琢郎も特に異存なく頷いたために、それで決定となった。
「それでは、私も支度があるので一旦解散としよう。また後で、北門のところで」
そう言ってゾフィアは席を立ち、リリィは頭を下げる。琢郎もそれに倣うようにしてゾフィアを見送り、姿が見えなくなってから2人も続いてギルドを出た。
「とりあえず、そんなに時間があるわけじゃないんで、昼は適当に屋台の物でいいか?」
ギルドを出たところで琢郎が確認し、リリィが了承したため、一度宿に戻る途中でパンに肉と野菜を挟んだホットドッグに似たものを購入する。
それを2人で1つずつ食べながら、先ほどのゾフィアの印象について話す。
「優しい女の人みたいで、よかったです」
「え、そうか?」
琢郎としては、驚いた時こそ表情が大きく動いたものの、それ以外は固いというかとっつきにくい印象だったために、リリィの感想をやや意外に思った。
「そうですよ。とても丁寧に説明してくれましたし、出発も言ったら今日に変更してくれたじゃないですか」
たしかに、打ち合わせは丁寧だった。
初心者に同行する仕事にいくら出ているのかは知らないが、もっと適当な説明で済ませても多分問題はない。冒険者としての先達だからと、こちらを見下すような態度もなかった。
なるほど言われてみれば、リリィの言うこともわからなくはなかった。
琢郎の中で、ゾフィアの印象がいくらかプラス修正された。
宿に戻り、リリィの装備を入れた袋を担いで、待ち合わせ場所の北門へと向かう。
「あれ? すみません、もう来られてたんですか?」
門の手前まで来たところで、ゾフィアがさっき見た鎧姿に腰と背に小さな袋を提げた格好ですでに立っているのを見えた。
慌ててリリィは駆け寄ると、深く頭を下げた。
「いや。まだ予定までには5分ほどある。私が少し早く着いただけで、リリィが謝る必要はないよ」
遅れたと詫びるリリィを押し留めて、ゾフィアは琢郎の方を向いた。
「揃ったところで出発したいが、私はどうすればいい?」
言われて琢郎は、ゾフィアを一緒に連れて行く方法を考えていなかったことに気づく。
と言っても、方法など1つしかないが。<風加速>を他人に付与する方法は知らない。
「……なら、俺の左手側に。リリィは右手に。両方を抱えて加速する」
両手に花、と言いたいが正体を見られてはマズイ以上、相手を抱きかかえる体勢はかなり危険だ。リリィはまだしもゾフィアは、琢郎にとっては毒花でしかない。
「なに? タクローに抱えられるのか?」
それぞれを加速すると勝手に想像していたのか、ゾフィアは琢郎の言葉を聞いて慌てる。
「へ、変な場所を触ろうとするなよ。もしそんなことをすれば、後で覚悟してもらうからな」
頬を染めて急に女らしい感じになったが、そっちばかり気にして琢郎自身に注意が向かないのなら、むしろ好都合だ。
……もちろん、わざときわどいところを触るつもりはないが。
「<風加速>」
北門を抜けて街の外に出ると、琢郎は言った通りに女性2人を両側に抱えて加速魔法を唱えた。
人数増えたせいか、本当に進まない……
かろうじて出発まで持って行きましたが、いつもより少々長めに。




