81. 琢郎奮闘・前編
懲りずに分割です。
「……で、これからどうするか、だ」
宿の前でリリィを見送った琢郎が、1人呟く。
リリィには近くの森かどこかでとは言ったが、実のところ今日の狩りをそんな簡単に済ませるつもりはない。
この街に来てリリィの冒険者登録以降、課題の報酬で稼いでいるのも角兎を狩っているのも、もっぱら彼女の方だ。
初心者用の課題を通して強くなりたいというリリィの意思を尊重した結果だが、元々は琢郎が狩りをしてリリィがその獲物を換金するという発案だったことを考えると、琢郎に思うところもある。
初めての別行動だ。まだリリィと一緒では危なくて狩れないような獲物を仕留めて帰って、強さというか頼れるところをアピールしたい。
「一度、西門から外に出てみるか」
北は初心者向け。東は来た方向だから、あまり新鮮味はない。
そうすると、まだ行ったことのない方へ試しに行ってみるのがいいだろう。
そのように考えて、琢郎はレオンブルグの西に出た。
広い街道が西方向に伸びており、整備された街道沿いでは琢郎が期待するような魔物を探すには不向きだったが、やや街道を外れた南西に遠く山が見える。
「あそこが手頃そうだ」
そこをとりあえずの目的地として、まずはその近くまで<風加速>をリリィを連れてはまだ出せない速度で用いて急いだ。
山の中に踏み入ってから、およそ1時間。
今のところ成果は、野草がいくらかと、魔狼の換金部位の前足が2匹分。まだまだ足りなかった。
棲家からそれなりに離れたせいか、山に生える植物も同じものもあるが、見覚えないものも少なくない。
今も、初めて見る丸い真っ赤な木の実を見つけて<風刃>で枝から落とし、かじりついてみたのだが、
「…………苦ッ」
甘く熟したような見た目に反して、口中に強い苦味が広がる。おまけに硬い。
ぺっ、と口の中の欠片を地面に吐き出すと、琢郎はまだ口に残る苦さを水ですすいで洗い流した。
「またハズレ。なかなか、思うようには見つからないな……」
まだ少し苦味が残っているように感じながら、呟きをこぼす。
試しに口にしてみたのもこれで3回目だが、なかなか当たりは見つからない。
それに、美味なものを見つけたとしても持ち帰った後で、琢郎には平気でも人間であるリリィには有害で食べられないという可能性もあるのだから、ハードルは高い。
「考えが少し、甘かったか」
猪か何か、大きな肉が獲れる獣を探す方がいいかもしれない。驚きには少し欠けるが、それはそれで喜んではくれるだろう。
このままもう少し続けて、成果が出ないようなら妥協も止む無しと思いかけたところで、ふと琢郎の大きな鼻が甘い匂いを捉えた。
「ぅん?」
棲家のある山にもいた、植物型の魔物の臭いかとも思ったが、また少し違う。
匂いのする方へと足を運ぶと、すぐに1本の木が目についた。
そこには、離れていても甘い匂いを漂わせるピンク色の実がいくつも生っていた。
「これなら!」
早速<風刃>で実を1つ落とすと琢郎はそれを口へ運ぶ。ピンポン球ほどの大きさの丸い実は、柔らかく潰れて口の中を甘い果汁で満たす。
「うん。これならリリィも気に入るはずだ」
試食して思った通りの甘さを舌で味わった琢郎は、再び魔法を使って残りの実も1つずつ落としていく。
柔らかい実が潰れてしまわないよう慎重に袋の中に集めていき、また次の実を落とそうとした時、視界に別のものが飛び込んできた。
「ウ、<風刃>!」
その姿に驚きつつも、咄嗟に狙いをずらして木の実ではなくそちらへ風の刃を飛ばす。
狙い誤ることなく頭から胴体にかけてを斜めに分断されると、羽音を立てて木の実に近づいてきたそれは絶命して地に落ちた。
「デ、デカすぎだろ、こいつ!」
地面の上で完全に死んでいるのを確認して、琢郎は胸を撫で下ろす。
それは、体長が琢郎の大きな手のひらほどもある巨大な蜂。こんなのに刺されたらと思うと、さすがに恐ろしい。
「……待てよ?」
もうこれは魔物だろうと、『特殊表示』で確認する。
思った通り『デモン・ビー』という名前が表示された。
ギルドの掲示板で見覚えがあった名前だ。
毒針を持ち帰れば、1本で小銀貨1枚になるはずだ。
思わぬ形で食材だけでなく、金目の物も手に入れることができた。
そう喜んだ琢郎の耳に、ブブブブ……と不吉な音が聞こえてくる。
「げぇッ!?」
蜂は1匹だけではなかったらしい。ざっと見ても10匹は超える蜂の群れが飛んで来ている。
それも、仲間の死体を見て琢郎が仇と悟っているのか、尻から針を伸ばして明らかに攻撃の態勢に入っていた。
「じょ、冗談じゃないぞ!」
慌てて琢郎は、自分の身を守るための魔法を唱えた。
最近リリィの成長メインになってるので、別行動を利用して琢郎にもいいとこを……
と思ったら、1話で終わらず。
さすがにこの裏のリリィ側まで寄り道はしません。完全に説明回になりますし。




