72. 街への到着
着いた町では、まだ少し顔色の悪いリリィの体調を鑑みて、前日より上等の宿で気兼ねなく休めるよう個室でも探そうとしたのだが、
「わたしのせいで遅れてるのに、そんなことまでしたらもったいない!」
とリリィ本人に反対された。
琢郎は、元々棲家で別れることになっていたら当座の費用にいくらか渡すつもりだったので、リリィには権利がある。だから気にしなくていいと説得したのだが、権利があるなら尚のこと無駄遣いは駄目だとも主張された。
結局、前とそう変わらないような安宿に泊まることに。
「その代わり、じゃないが栄養はちゃんと取らないとな」
ただし、食事については琢郎の意見で食堂でとった。
ちゃんと料理できる環境ではなかったため、棲家を出てから荷物の中の鍋は使ってもいない。そろそろちゃんとしたものを食べた方がいいが、体調の良くない人間に料理はさせられない。
この主張は琢郎がなんとか押し通して、野菜や肉がたっぷり入ったシチューのようなもので腹を満たした。
その甲斐あってか、一晩休んだ翌朝にはリリィの体調も完全に戻ったように見えた。
「じゃあ、行くか」
自己申告のみに拠らず、起きてからの顔色や朝食時の様子などから琢郎も確認して大丈夫と判断。再び町を出て街道を移動する。
もちろん、前の日と同じ轍は踏まない。小休憩を小刻みに挟み、速度も少し落とす。
その結果、リリィが再び顔色を悪くすることもなく、日暮れ前にはとりあえずの目的地としていた街に辿り着くことができた。
枝分かれした道を教わった通りに南に折れた後、しばらく行くと再び別の街道と合流して明らかに道幅が広くなった。そして、やがて前方に高い壁が見えてくる。
「思ってたよりデカいなぁ……」
<風加速>を解除してゆっくりと近づきながら、琢郎は街を囲む壁の大きさに驚いていた。
入り口の門が見えるこの距離だともう左右の端が見えないほどだが、壁の高さだけでもトラオンなどの倍はある。
途中で人に聞いたその街の名は、レオンブルグ。元は戦争があった時代の城塞都市で、今はその名残である巨大な城壁で魔物や盗賊などを防ぐことで大きく栄えているらしい。
琢郎たちが目指すギルドの登録所も、そこにはあった。
「大丈夫なのか……?」
とはいえ、城壁やら門の周りに何人も立っている兵士の姿などを見るにつけ、琢郎は問題なくその門を潜って街に入ることができるのか不安になってしまう。正体を隠しているローブの状態を確かめようと、思わずフードに手が伸びる。
「落ち着いてください。変にごそごそしていたら、かえって怪しく見えますよ」
横からかけられるリリィの言葉に、その手が止まった。
「心配しなくても、ここも何もないのに出入りを制限したりしないですよ。ほら、あそこ」
リリィが指差す場所では、琢郎と同じようにローブに身を包んだ男が何事もなく兵士の前を通過していく姿が見えた。
たしかに、それはトラオンなどのこれまでの町と変わらない光景だった。
安堵した琢郎は、前を行く数人の人間に続いて街に入る。兵士の前を通る時も、呼び止められるようなことはなかった。
「わぁ……ッ!」
中に入ってその街並みが視界に入ってくると、今度はリリィが声を上げる。
街自体が大きいこともあって、そこを通る人間の数もトラオンやこれまで通過してきた他の町よりもずっと多い。それが、トラオンを出ることなくずっと過ごしてきたリリィの目には新鮮に映ったらしかった。
「とりあえず、もう夕方だから今日のところは宿を探そう。ギルドに行ってみるのは明日だ」
対して、琢郎は人の多さそのものには驚きはしない。今生では初めて見るような数であっても、日本の都市部の人数と比べたらまだまだ少ない。
中に入る時には少し緊張したが、見咎められることなく入ってしまえば動じることはない。昨日までと変わらぬ調子で、明るさのあるうちに今夜の宿を探した。
「……ちょっと、高くないか?」
違うところがあるとすれば、宿の価格だった。
昨日一昨日と同じような部屋の質だが、基本料金が1人小銀貨1枚。部屋代が同じく小銀貨1枚の合計3枚と、昨日までの1.5倍ほどの金額になっている。
「レオンブルグじゃこれが相場だ。疑うんならよそへ行けばいい」
宿の者が事も無げに言うので、もう1つ別の宿を探してみたが、確かに料金はさっきと変わらない。
「都会は物価が高いってことか……?」
2軒目の宿を探している間に時間が過ぎ、部屋の空きも残り少ないとも言われる。今からまた3軒目を探して、気づけばどこも部屋がなくなってしまっては元も子もない。
この2軒目の宿で部屋を取ることにしたが、鍵を渡され入った部屋でリリィは言う。
「明日ギルドに行って、やっぱり早くお金を稼ぐ方法を見つけないといけないですね」
とりあえずの目的地に到着。
次からはギルドの話になる予定です。




