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70. 逃避行 その2 宿泊

はじめてのお泊まり? 変な意味はないですが

「こんな時間から町に入って、どうするんです?」


 門を抜けてツーデの町の中に入ると、加速を解除してからは琢郎の隣を歩いているリリィが横から声をかけてくる。


 門が閉じられる前に出て行こうとすればほとんど時間はないし、そんなタイミングで町の外に出て行けば無用に目立つ。だからリリィは疑問に思ったのかもしれないが、つまりはそういうことだ。

 今日この町を出るつもりは琢郎にはない。


「今日はとりあえず、ここで1泊しようと思ってる」


「えッ!?」


 野宿が当然と思っていたのか、琢郎が返した答えはリリィには予想外だったらしい。


 たしかにこれまで宿に泊まったことなど琢郎にはなかったし、自分1人ならそれでもよかったのだが、今はリリィも一緒だ。彼女の安全まで考えるとなると、野宿できる場所を探すのも大変になる。

 それに、昨日リリィの同行と共に今後のことも話し合って、まずは街道沿いに移動してリリィがギルド登録できる大きい街を目指すことを決している。少なくともまだ何日かは旅することを考えれば、安全に心身を回復できる場所で休むことが望ましい。


 そのように宿に泊まる理由を説明しつつ、町に入ってすぐの屋台で聞いた宿の場所へ向かった。


「1人部屋に2人部屋、他の奴と一緒の大部屋と、どこも空きがあるぞ。どうする?」


 素泊まりでいいので旅人が安く泊まれる宿、という条件で教えてもらった場所で、琢郎はそう案内を受けた。いかにも安宿といった風情で、受付に立っているのも中年の親父だった。


「大部屋が1人銅貨8枚、2人部屋ならそれに追加して部屋代が銅貨5枚。個室なら1人当たり小銀貨1枚と半分だ」


 値段と部屋の説明が続く。

 一番安い大部屋は本当にただ眠るだけの場所。2段ベッドが部屋中に並んでいて、ベッドの上以外には個人スペースはない。

 2人部屋はベッド2つと小さなテーブルが1つ。他に空いたスペースはほとんどない小さな部屋だそうだが、一応内鍵もついた別の部屋になる。

 1人部屋は2人部屋と大きさはそう変わらないが、ベッドが1つに机とテーブルがある。完全な個室で、鍵もしっかり掛けられるらしい。


 大部屋は論外。男女の別すらなく、他の客と何か揉めても自己責任だそうだ。

 リリィをそんなところにやれないし、琢郎自身も他人がいては無防備に寝ている間に正体がバレるリスクがあって、落ち着いて休めない。


「じゃあ、1人部屋を……」

「2人部屋をお願いします」


 安全と安眠を考えれば、やはり個室が一番いいだろう。

 そう思った琢郎の言葉を遮り、先にリリィが希望を口にする。小銀貨1枚と銅貨11枚を受付に並べ、


「あいよ。あんたらの部屋は5号室だ。ウチでは食事は出ないが、隣の食堂にこれを見せればちょっとだけだが割引があるぞ」


 と宿の親父が代わりに出した、部屋番の付いた木札を受け取ってしまった。


「早速、部屋に行きましょうか」


 そのまま先に立って、リリィは宿の親父に言われた部屋へ向かう。やむなく琢郎もそれに続いた。


 中に入ると、琢郎が思っていたよりなお狭い。

 琢郎の身体がギリギリで入る程度の大きさのベッド2つと、その間にある小さな古びたテーブル。そこに背負った荷物を下ろせば、それだけでいっぱいになるどころか重みで潰れてしまいそうなために部屋の隅に荷物を置くと、あとはベッドとドアの間を往復するだけの床しか残らない。


「……これなら、棲家の方が広かったな」


 思わずそんな感想を洩らしつつ、ドアの鍵をきっちり掛ける。


「個室でよかったのに、なんで2人部屋に……」


「この方が安く済むじゃないですか。タクローさんと同じ部屋で寝るのは、今さらですし」


 大部屋がダメな理由は当然リリィにもわかっていて、個室より安い2人部屋を選択したとのこと。宿の利用自体、琢郎の説明でもまだ完全には納得していない様子だったので、こうなるのも必然だったかもしれない。


「少なくともちゃんとお金を稼げるようになるまでは、もっと使い方に気をつけてください」


 リリィが倹約に厳しいのか、琢郎がまだまだ甘いのか。後者のような気はする。

 夕食も宿の親父には隣の食堂を薦められたが、手持ちのパンと干し肉で今日は済ませる。水や明かりは琢郎が元素操作で出せるために、わざわざ別料金で用意してもらう必要はなかった。


「……ちょっと、出てくる」


 とはいえ、食事が終われば明かりがあっても特にすることはない。明日に備えて早く休んでしまえばよかったのだが、琢郎はその前に一度部屋を出た。宿からも離れ、人の気配がない裏路地を探す。


 リリィには言えなかったが、琢郎が2人部屋ではなく個室の方を選ぼうとしていたのには理由があった。

 リリィは同じことだと言ったが、宿の部屋は前の棲家よりも狭い。つまりは、それだけ彼我の距離が近くなる。

 おまけに、旅の同行を希望してくれたことでリリィが心理的にもまた近づいたように感じられるし、環境も変わったことへの新鮮さもある。


<透明化>(インビジブル)


 人の姿がないことを確かめ、さらに念を入れて姿を見えなくする魔法も使う。


 そうして、琢郎は右手を股間に伸ばした。

 棲家の頃よりやりづらくはあるが、自家発電はよりしっかり行い、オークの本能たる強い性欲を抑え込まなければ。


 ここでつい欲情に駆られてリリィを襲ってしまうことのないよう、琢郎はいつもより余計に情欲を路地裏の地面に吐き出してから、宿へと戻るのだった。

まだまだ手は出せないヘタレ。

それにしても、無駄に宿の説明が長く……

どうでもいいところまで考えて、考えたことは書きたくなるからいけないんですよねぇ

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