61. お説教
「え? これって……もしかして、マレットさんのパン屋の、季節のタルトじゃないですか?」
どうやら、リリィも知っているお菓子だったようだ。箱の中身を開けて見せると、驚きの声が上がった。
「店の人の名前までは憶えてないが、多分そうだろ。これなら喜んでくれると思ったん、だが……」
タルトを見た瞬間には声も弾んでいて、その時は琢郎も少し得意げだった。だがすぐに、リリィは何かに気づいたような素振りを見せた後で表情を沈ませてしまう。
不安になって琢郎も箱の中を覗くが、やはり形が崩れた様子も痛んでしまったようにも見えない。何が問題なのかわからなかった。
「あの……タクローさん、これ、いくらしたんですか?」
「あ、あぁ。小銀貨で3枚だけど」
そんな時にリリィの口から質問が出たので、その意図も考えずに即答した。琢郎の答えを聞いたリリィは、さらに顔を俯かせ、小さく身体を震わせさえし始める。
「……何で、こんな物買うのにそんなにお金使っちゃってるんですか!」
顔を上げたかと思うと、突然怒鳴るような大きな声が上がる。怒っているのか、眉が逆ハの字になって眼も釣り上がっていた。
「わたしに喜んでもらおう、ってムダ遣いされてどうして喜ぶんです? 生活には必要、今回だけってことで、タクローさんのお金の稼ぎ方にも折り合いを付けようとしてたのに! お菓子みたいなものに、そんなお金使ったらダメですよ!」
「い、いや。その……」
初めて見るリリィの怒りの表情に、琢郎は気圧されてしまう。反駁の言葉がうまく出てこない。
「小銀貨3枚って、さっきの調味料の瓶と同じ値段ですよ! あれ何日分だと思ってるんです? 仕方なく手に入れた大事なお金なんですから、不必要なことに使わないようにしてください!」
「……す、すまん。いやでも、昨日からリリィに少し距離を感じてしまって。それをどうにかしようと思って、だな」
「あッ……! そ、それは琢郎さんが悪いんじゃなくて……」
それでも詫びの言葉を述べつつ、なんとか言い訳をしていると、急にリリィのトーンが落ちた。
「すみません。それは、頭ではお金が必要なこともそれを普通に稼ぐことができないのもわかってたんですが、やっぱりすぐには折り合いが付けられなくて。それで、そのことが顔に出てタクローさんを嫌な気にさせるといけないと思って……」
かえってそれが、琢郎には自分を忌避されたように感じられてしまった、ということらしい。完全な裏目で、リリィは申し訳なさそうに言葉を続ける。
「ですから、欲しい物を訊かれても何も言えなくて。お鍋や包丁なんかは、本当は少し困っていたので嬉しかったんです。……でも、さすがにタルトはやりすぎですよ」
すでにさっきまでの怒りはないようで、続いてなぜ怒ったのかその理由を話し始めた。
「元から、ムダ遣いか嫌いというか、苦手なんです。それにタクローさんが町に行っている間に、ようやくわたしの中で折り合いを付けられたところで。そんな時に出されたものですから、つい頭に血が昇ってしまって……ごめんなさい」
深々と頭を下げると、リリィは琢郎が差し出したままのタルトの箱をようやく受け取った。
「これ、夕食のデザートに2人で分けて食べることにしましょう? でも、これからは余計な物まで買わないよう、大事にお金を使ってくださいね」
すっかり元のリリィのようだったが、最後に釘を刺されてしまう。
喜んでもらうつもりがお説教をされるという結果になったが、琢郎は悪い気はしなかった。
別に、年下の異性に叱られることに興奮するようなMの気があるわけではない。
琢郎への怯えや遠慮があったら、不満があっても怒るようなことはしないだろう。感情や自分の考えを出して伝えてくれるのは、それだけ距離が近くなったということだ。
その証拠に、
『個体名:リリィ=カーソン 種族:人間
LV: 3
HP: 13/ 13
MP: 4/ 4
筋力: 7
頑丈: 6
敏捷: 10
知力: 11 』
琢郎が『特殊表示』を使って見た表示には、閲覧可能な項目が増加していた。
キャラ崩壊と言わないで。
本文中にもありますが、一時の激昂+いい意味で地が出てきたという解釈でなんとか。
こういうことも、親しくなるのに必要な通過儀礼的なものの1つという感じで。




