59. 花とお菓子 その2
朝食、そしてその後の2人協力しての食材集め。その間、それなりに以前のような会話をすることができた。
一晩経って琢郎の状況をある程度理解してくれたのか、花を渡す行為に意味があったのか。
「……お金が必要なのはわかりますし、そのために酷いことはしていないっていうタクローさんの言葉も、信じます」
とも言ってくれた。もっとも、そうせざるを得なかったと理解することと、それを許容できるかということは、また別の問題だ。
「ただ、仕方ないとはわかるんですが……やっぱり人様から奪ったようなものと思うと、どうしてもちょっと……」
申し訳なさそうに、そうも言われた。
なるべく気にしないようにするとは言っていたものの、これまで周囲に善人が多かったのだろう。どうしても良心に小さな棘が刺さってしまうようだった。
それもあってか、昼に再度欲しい物がないかを訊いてもみたが、今あるもので十分だという答えしか返ってこなかった。
「っても、やっぱり何か土産を買って帰るべきだろ」
フード付きのローブを纏った琢郎は、数日振りにトラオンの町に買出しに来ていた。
リリィとの会話を思い返していたが、やはりどこか表面的というか、一歩後退してしまったように思う。 折角町まで来たのだ。花に続いて何か贈り物をすることで、失った好感度を取り戻せればと、どうしても考えてしまう。
幸い、懐には余裕がある。
拾った袋の中身を改めて数えたところ、銀貨7枚と小銀貨が15枚。合計で85000分と、前回の倍以上あった。
これだけあれば、土産の1つや2つ、買って帰ることは造作もない。リリィのために、ひいては彼女と仲良く暮らしたい自分のためにも、何かよさげなものを買おう。
「……そんな風に思ったこともありました、と」
何も買わずに店を出ながら、琢郎はため息とともに言葉を漏らす。
理由は簡単、買うべきものが見つからない。いや、わからないと言うべきか。
最初は服や身を飾るものでも選ぼうかとも思った。
だがよくよく考えてみれば、着飾ろうにも琢郎が山中の棲家に半ば軟禁しているために、リリィがそれを着て行く先がない。どころか、一歩間違えれば自分の目を楽しませるためにこれを着ろと押し付ける、アレな人にも思われかねない。
何より、それを選ぶ琢郎自身のセンスにまるで自信がなかった。服やらブローチ、首飾りなどを見て回ったが、これならばと思える物が見つからなかった。
「とはいえ、さすがにこれで済ましても意味がないし」
考えを変えて、先に生活に必要なものを買いに動いた。
以前に機会があればと考えていた雨具一式と、琢郎自身の着替えのために古着を数点と、肌触りのいい布をいくらか。
調味料の入った瓶も、予算の都合で最小のものを選んだ前回と違って、やや大きめのものを買い直した。
さらに、小さな鍋をもう1つ買ったところで、金物屋の中で肉厚の包丁を見つけた。
今リリィが使っているのは、琢郎が倒したゴブリンの遺した骨製のナイフ。さすがに強度などの問題で料理等に常用するうち、切れ味が鈍ってだんだんやりにくそうにしていることは、料理する姿を見て気づいていた。
これはこれで買うし、リリィも喜ぶだろうとは思うが、刃物を贈り物という枠に入れるのはちと違うだろう。
「……これだ!」
ここまでで、使った金額は2万と少し。今後の分を考えてもまだまだ金に余裕はあったが、土産として買って帰るものが見つからないまま最後にパン屋に入る。
いつものパンを3日分ほど選んで、ふと普段あまり見ない側の商品に目をやった琢郎は、思わず声を上げた。
季節の限定品だという、クリームとフルーツをふんだんに使ったタルト。果物自体は山で採ったものを毎日のように食べてはいるが、加工した菓子のようなものは山では用意できていない。
15cmほどのホールで小銀貨3枚と、値段はそこそこするが、土産にはちょうどいい。
パンと一緒にタルトを1ホール買った琢郎は、途中で崩して台無しにしてしまわないよう注意しながら、棲家へと戻った。
選ぶものや考えが今一アレなのは女性を知らない主人公の仕様です。




