58. 花とお菓子 その1
不器用(不慣れ)なご機嫌取り?
結局、昨晩は最後までリリィの心証を元に戻せたとは言い難かった。
「なんとかしなきゃ、な……」
いつもより早く目を覚ました琢郎は、このままではマズイとなすべきことを考えながら棲家を出る。
とはいえ、悲しいかな琢郎には人間関係の経験値が低すぎた。こんな時にどうすればいいのか、まして異性相手の対応など、ぱっとは思いつかない。
頭を悩ませながらも、身体はいつもの日課通りに罠の確認に回っていたが、こんな時に限って運も向いていないらしい。落とし穴が崩れているところはいくつかあったものの、獲物は何もかかっていなかった。
「<落穴罠>」
仕方ないので、ひとまず崩れた罠を魔法で修復する。
毎日同じように落とし穴の罠を元素操作で作っているうち、それが定型化されたのだろうか。昨日の朝に同じことをしている時に、突然ウィンドウが眼前に表示されてこの魔法が新たに使用可能魔法リストに追加された。
効果はまんま、落とし穴の設置。穴を掘り、底に尖った石を敷き、簡単に踏み抜ける薄い土で蓋をする。元素操作で手順を1つ1つ行ってきたことが、呪文1つに自動化された。
この新たに使えるようになった魔法のおかげで、落とし穴の再設置にかかる時間は短縮できるようになった。
動き出したのがいつもより早かったこともあり、朝食用の果実を集め終わっても普段棲家に戻る時間にはまだ余裕がある。この時間を利用して何かリリィを喜ばせられるようなものを持って帰りたいが、さて。
「……やっぱ、これくらいだよなぁ」
人付き合いの経験が少ない琢郎が思いつけるものも、この山の中で手に入れられるものにも限りがある。
琢郎が選んだものは――花だった。
自身の経験にはもちろんないが、漫画や物語などでは女性への贈り物の定番の1つだろう。柄でもなければ、オークの豚面に似合うとも思っていないが、他にこれといったものが浮かばなかった。
辺りを探して色鮮やかな花を数種類見繕って摘み取ると、花弁を散らさないよう注意しながら棲家へと戻る。
昨日の様子から、今日はひょっとして棲家に引っ込んだまま出てくれていないのではないかとの一抹の不安があったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
まだ表情は暗いというか硬いものの、今日もリリィは棲家の前で琢郎を待っていた。
「お……おはよう、ございます」
もっとも、挨拶も昨日までに比べると、どこかぎこちない。やはりこの状態はどうにかしなければと、琢郎は手にした花をリリィに差し出した。
「え……? な、なんです、これ……?」
赤や黄色の色とりどりの花を見ても、リリィの反応は思わしくなかった。唇をほころばすどころか、突然目の前に突き出されたものに困惑しているようだった。
「えっと……多分、これは食用には向かないと思いますよ……?」
挙句、いつもと同じように食材として渡そうとしたと誤解されたようなことを言われてしまう。
「ち、違う! そうじゃない!」
さすがに慌てて、琢郎はそんなつもりで花を出したわけではないと否定した。
「何と言うか……その、昨日はリリィを怯えさせたというか傷つけてしまったというか……とにかく、そのお詫びの印だ。食べるためなんかじゃなく、リリィに渡して、できたら少しでも喜んでもらえればと……」
真意を語ろうとするが、琢郎は言葉に詰まり、語尾も濁してしまう。まったくもって柄ではない行為に、顔が熱くなっているのが自分で分かった。
ただ、鏡で見たことはないが、オークは人間よりも面の皮が厚いので、この程度で顔が赤く染まったりはしていないはずだ。そうでなければ、無様に過ぎる。
「あ……そ、そうだったんですか。すみません、変な勘違いしてしまって」
対して、琢郎の言葉を聞いて改めて花を受け取ったリリィの頬も少し紅潮したように琢郎の目には映った。
琢郎の誠意が少しでも通じたのか、単に花を渡した意味を勘違いしたことを恥じただけか。できれば前者であってほしいと琢郎は願った。
勢いで書いていたところ、また話が妙な方向に……
一度落ち着いて仕切り直すためにも、タイトル後半の「お菓子」部分はその2で。




