57. 成果
今回から若干書式が変わっています。
男が逃げ去った後、琢郎は道に残されたものに目を向ける。
上から下までほぼ完全に引き裂かれてしまった男の荷物は、その中身を残らず街道にばら撒いていた。
琢郎の足元には20を超える丸いものが散らばっており、その内の1つを拾い上げて正体を確かめた。
糸だ。芯棒に糸を巻きつけて玉状にしたもので、別のものも拾ってみると黒や茶色、濃紺と色や太さがそれぞれ異なっている。
ひょっとすると材質も違うものがあるのかもしれないが、知識のない琢郎にはよくわからなかった。
「服とかに関係した商売をしてる奴だったのかな?」
他にも落ちていたのは、数枚の小さな布やなめしたなにかの革。
そして、肝心の琢郎の狙いだった現金も、小さな袋に入ってちゃんと残されていた。持ち上げた際にジャラリと音を立てた袋の口を緩めて中を覗き込むと、大小合わせて十数枚の銀貨が入っている。
「おぉッ!」
ぱっと見ただけなので正確な金額まではわからないが、少なくとも前回より多いことは間違いない。途中危うい場面もあったが、結果は成功と言ってよかった。
それさえ確認できれば、この場に長居は無用だ。
先ほど見た範囲にはいなかったが、いずれは誰かがここを通ることも考えられる。少なくとも、さっき逃げた男が町に着くか途中で誰かに出会えば、助けを呼んで引き返してくることはありえた。
他の人間に鉢合わせてしまう前に、金の袋はもちろん、糸や布なども持てる限りを拾い集めて、琢郎は森の中へと姿を消した。
「ただいま」
それから琢郎は、追跡があるとは思わないものの、念のため山の奥の方へ遠回りしてから棲家へと戻った。そのため普段より時間が遅くなり、夕方を越えて夜の闇が辺りを覆い始めている。
「あ。おかえりなさい、タクローさん。今日は、随分遅かったんですね」
満月を過ぎて日に日に暗くなる夜の棲家の前で待っていたリリィは、戻って来た琢郎の姿を見て小さく安堵の笑みを浮かべた。
それが1人の心細さや夜の闇への恐怖から解放される喜びに基づくものであり、琢郎個人への感情とは関わりの薄いものだとしても、自分を見て笑顔を浮かべてくれるリリィの存在は得難いものだ。
そう実感する琢郎は、これから夕飯の支度もあるし、もっとよく見える方が話もしやすいだろうと、光の元素を集めて照明を生み出す。
「……それで、何を獲ってこられたんですか、って……えぇ?」
その光で、ようやく琢郎が抱えている糸や布がはっきりと見えたリリィは、驚きの声を上げる。
「ど、どうしたんですか? それ?」
「ん、ああ……道に落ちてたんで拾ってきた」
一応、嘘は言っていない。
「ついでに、それなりの額の金も拾ったんで、しばらく金の心配はしなくても大丈夫になった。何か欲しい物があったら言ってくれ。今度、町に行った時に買ってこよう」
だが、それを聞いたリリィの顔は翳りを帯びる。それはやがて、もう見ることもなくなっていたはずのはっきりした琢郎への怯えへと変わった。
「ひ、拾ったって……そんなわけ、ない。ひょっとして、持っていた人をどうにかして……無理矢理奪ったんじゃ……?」
さすがに、『拾った』などという説明では納得してもらえなかったようだ。
しかし、こんな風にまた怯えられてしまうのは、今となっては耐え難い。慌てて琢郎は首を横へ振って否定する。
「誤解だ、誤解! そんな相手を殺したり酷い危害を加えるような真似はしてない。ちょっと脅かしただけだ」
言い訳をしても怯えの色が消えないリリィを見て、さらに言葉を継いでいく。
「本当だ。脅した相手が逃げる時に落としていった荷物を拾ってきたんだ。奪うために殺すとか、そんな酷いことはしない。脅すのだって、今回限りのつもりだった」
だから、琢郎に怯えないでくれ。
そんな風に必死に訴えかけた結果、酷い危害を加えていないということはどうやら理解してもらえたようだった。
それでも、方法はどうあれ奪ったことにはやはり変わりなく、リリィの表情は完全には晴れなかった。
琢郎が夕食の食材となるものを持ち帰らなかったので、これまでに採取して残っていた野草と干し肉を使っての料理となったが、作る間はもちろん、いつもなら色々な話をする食事中もほとんど言葉を交わさなかった。
色々と迷走中です。




