45. 少女に望むこと
人が増えると、また描写が増えて1話当たりもちょくちょく長くなってきてます。
「……実は、リリィに頼みたいことがあと2つほどあるんだが」
デザートまで食べ終えた後、新しく水を注いだコップをゆっくり傾けながら琢郎は口を開く。
相手がいるのは、鍋を間に挟んで2メートルほどの距離。同じ鍋から食事をする都合上、必然的にあまり離れられない。
琢郎が椅子代わりに地面を盛り上げ、そこに向かい合うように座っていた。
この距離で大きく怯えられることなく、共に食事をすることができた。そろそろ本題を切り出しても、落ち着いて話すこともできるだろう。
「まず1つ。リリィのわかる範囲でいいんで、人間の町や生活について知りたいことを教えて欲しい」
コップを持っていない左の手を前に出し、その指を1本立てた。
「ただ、今日はもう夜だ。俺もリリィに訊きたいことを少しまとめておきたいし、明日にでも改めて質問させてもらう」
「えぇっと、それは……町にいる兵士の人の数とか、町の人がいつ外に出るかとか、そういうことですか?」
琢郎の立てた指を見つめるようにしながら、リリィはその意図を訊ねた。
それに対し、琢郎はおもむろに首を横に振る。
「まぁ、そういうことも教えてもらいたいとは思う。けど、町やそこの住人に何かしようってつもりじゃあない。俺が知りたいのはもっとうまく人間の中に紛れるために必要な情報だ」
そこまでを口にすると、2本目の指を立てる。
「2つ目の頼みもそのため。こっちの方が重要だ。俺としては、人間の町に紛れ込むためには俺の存在を町の人間に知られることは、なるべく避けたい」
強盗紛いの行為で一度姿を見せる予定はあるが、場所は今の棲家から離れたところを選んでいるし、それ一度きりなら脅かされた恐怖による見間違いと思われることも少しは期待できる。
ところが、もう1つ別の目撃情報があればその信憑性は高まる。まして、リリィの住んでいたトラオンの町は、琢郎の棲家からの最寄りの町でもあった。
「俺の存在を絶対誰にも話さないと約束してもらえなければ……リリィを帰すことはできなくなる」
「も、もちろんです。タクローさん、はわたしの恩人ですから。タクローさんが秘密にしろと言うなら、絶対に誰にも口外したりしません!」
身を乗り出すようにしてはっきり答えるリリィ。
「……そう言ってもらえると助かる」
それを聞いた琢郎は、頬を少しだけ緩めた。そして、その表情のまま腰を上げる。
「じゃあ、そろそろ戻るとするか」
棲家へ帰る前に、軽く後片付けを始めた。
鍋やナイフ、コップなどの食器は例によって元素操作で水を出して軽く洗う。かまど状に組んだ石や同じく石を削ったまな板、椅子代わりに盛り上げた地面は、また次も使うだろうとそのまま残しておいた。
帰り道も、行きと同じように鍋の取っ手の両側を2人で握って棲家まで戻る。その途中、琢郎は表に出さないところで微かな不安を消せずにいた。
リリィを信じたいと思いながらも、絶対と言ったその言葉だけで本当に信じきってしまっていいのか。
琢郎から解放されたいがためにそう言っただけではないか。あるいは、仮に今は本気でも無事に町に帰ってしまえば心変わりするのではないか。
そんな疑念を、完全に消してしまうことはどうしてもできなかった。
鍋越しに先導している今は、時々振り返っているとはいえ常に相手の顔を見ることができないということもあって、その疑念を後押しする。
言葉だけの約束以外に、何かしらの保障が必要かもしれない。
だが、それは今口にすべきではないと、棲家の前まで戻って来た琢郎は別の言葉を声に乗せる。
「荷物を片付けたら、今日はもう休んでくれていい。寝床はここへ運んだ時に使った奥のを使ってくれ。寝付けないようなら、荷物の中に酒がまだ残ってる樽があるから、1杯くらいは飲んでも構わない」
鍋や塩の入った袋をリリィに手渡し、棲家に入るよう促すと、琢郎自身は踵を返した。
「俺が近くにいると眠れないだろうから、しばらく外で用事を済ませてくる。もちろん、帰ってきてもそっちの寝床に潜り込んだりしないで、最初言葉を交わした時と同じように入り口のところで俺はローブでも羽織って寝るから安心してくれ」
そう言い残すと、料理場とは反対の方向へ姿がリリィの目では見えなくなるところまで遠ざかる。
周辺を見回し、リリィや他の生き物の気配が感じられないことを確認した後、琢郎は着ているものの前をくつろげた。
別の用事を済ませると言ったのは、方便ではない。
「ふッ……ふぅッ……」
右手を股間にやって、自家発電を開始した。
オークの性をリリィに見せて怯えさせるわけにもいかずにこらえてきたが、直接触れないようにはしていたものの、長時間少女と2人で過ごすという状況はその本能を刺激する。
昨日は処理せずに、溜まり始めていた状態だったから尚更だ。
そろそろ発散してしまわなければ、暴走して彼女に何をしてしまうか分からない。棲家で眠りにつく前に、理性を強く持てる精神状態に戻ることが必要だった。
「ん……っとぉ!」
リリィのことを考えた途端、彼女の姿を妄想してしまいそうになって、慌てて激しく頭を振る。彼女をオカズにして理性を取り戻したところで、気まずくなってまともに顔を合わせることがどのみちできなくなってしまうだけだ。
リリィの姿を頭から追い出すと、最近毎回のように使っているいつぞやの猫娘の姿を意識して思い浮かべ、手の動きを再開してより激しいものに変えていく。
「……うぅッ!」
やがて性欲の塊を近くの岩に向けて思い切り吐き出すと、身も心もすっきりした琢郎は自家発電の後始末を終えてゆっくりと棲家へ戻った。
奥の方を覗くと、リリィはすでに眠りについているようだった。勧めたとおりに酒の力を借りた形跡はあったが、思ったよりも琢郎は怯えられていないのかもしれない。
今しがた処理を終えた後だけあって、その無防備な寝姿を見ても危険な衝動は起こらなかった。信用してくれたらしいリリィを、裏切ってしまう恐れはひとまずはない。
「俺も寝よう……」
棲家の中まで踏み入るようなこともせず、琢郎は前言通りに入り口の割れ目の傍に予備のローブを敷く。そこに寝転ぶと、もう1着のローブを前から羽織るようにして目を閉じた。
この位置だと、少女の匂いに本能を刺激されることはないが、代わりに入り口の外の魔除けの枝の臭いが鼻につく。だがやがてそれにも慣れて、琢郎の意識は眠りへと落ちていった。
いろいろと長かった一日もようやく終わりです。




