43. 料理その1
「……ちょっと外に出てくる。まだ話したいことがあるんで、できればリリィはここで待っていて欲しい。水のお代わりくらいでよければ、置いていく」
直前に鳴り響いた腹の音については一切触れることなく、琢郎は腰を上げた。
一度飲み干したコップの飲み口を指で拭い、再び中を水で満たすと床に置く。
「強要する気はないが、ここに残って欲しいのは安全のためだ。一度助けておいて後でやっぱり自分で手にかけるようなことをする気はないが、自分から危険な夜の森に出て行くようなら責任は持ちきれん」
言わずともわかってはいるだろうが、念のため釘を刺しておいてから、琢郎はリリィに背を向けた。
ここでもし、その隙を狙ってナイフで襲ってくれば対処を変えることも考えたが、そんな結果が訪れることもなく入り口の割れ目をくぐり抜ける。
その間際に一度だけ振り返ったが、リリィは奥に敷かれた毛皮の上を動いてはいなかった。この様子なら馬鹿な真似はしないと思いたい。
「さて、と」
すでに日が沈み、暗くなった斜面を下る。棲家の辺りは遮るものがないため、月明かりでまだしも明るかったが、森の中まで下りるとさらに暗くなった。
ここで何をするかといえば、食料調達。
夜の森で一から探すのはさすがに難しいが、さっきリリィを担いで戻る時に目に付いたものを回収するくらいはできる。
肩に担いだとはいえ少女の身体の感触をなるべく意識しないようにするつもりであえて注意を周辺に散らしていたのが、思わぬ形で役に立った。
そんなことを考えながら、琢郎は記憶に残る場所の草や木の実を集め始めた。
「よし。こんなもんでいいだろ」
10分ほどの間に琢郎が集めたものは、野草っぽい草が数種類に、ゴボウに似た根菜が2本。
それと、木の実が2種類1つずつ。こちらはいつも通りに風の刃で落とそうとしたところ、この暗さが原因で目測を誤り失敗を連発してしまった。最低限を確保したところで、それ以上はあきらめた。
それらを全て両手に抱えると、琢郎は足早に棲家へと戻る。
おとなしく帰りを待っているのが一番安全だと伝えたつもりでいるが、やはり一抹の不安がある。
棲家に残っていたらいたで、見知らぬ場所にあまり長い間一人にさせておくのも申し訳ない。もっとも、琢郎がいることが彼女にとってプラスになるとは限らないが。
「あ……」
事実、戻って来た琢郎を見てリリィが上げた小さな声は、その声音といい表情といい、安堵からきたものか怯えの類の感情によるものか判然としなかった。
「ひとつ、頼みたいことがある」
そこは気にしても仕方がないので、琢郎は率直に口を開く。対して、リリィは『頼み』という言葉に今度こそ警戒を表に出しかけたが、
「……悪いが、料理を作ってもらえないか?」
続く言葉に目を丸くした。
「一応、食べられそうなものをいくつか取ってきたんだが、あくまで俺基準なもので。こっちで用意すると、俺は食えてもリリィじゃ無理な可能性がある」
草や木の実を複数種取ってきたのも、それが理由だ。
琢郎なら食べられても、リリィには毒になる物があるかもしれない。リリィが食べても大丈夫なものは、リリィ自身に選んでもらうのが最善だった。
「最悪、パンはあるからそれを食べればいいとは思うが、俺だけ他のおかずもというのは、どうも食べづらい。それに、考えてみれば自分でもちゃんとしたものを食おうと思って鍋とか用意したものの、まともな料理なんぞ作ったことがなかった。どうせなら美味いものがいいんで、できるなら作ってもらえないだろうか?」
さらに理由の説明を続ける琢郎。最後の理由は多少リリィを和ませようと狙ってもいるが、それはそれとして本音でもある。
果たして、
「えぇ……と。わたしも特に料理が得意というわけでもないので、できる限りでいいなら……?」
想定外の言葉に意表を突かれたところに、畳み掛けるような説明で押し流された部分もあるのだろう。
やや曖昧ながらも、承知の言をリリィから引き出すことができた。
また長く……あきらめて分割です。




