35. スライム襲来
オークに触手。あとファンタジーといえば、これ。
金策のために強盗同然の行為に手を染めるとは決めたものの、実行までには考えなければならないことはまだまだある。
例えば、どこでそれを行うか。
まさか、ここからまっすぐ街道に出たところでするわけにもいくまい。リスクを考えるなら、なるべく拠点からは離れた場所が望ましい。
だが、見通しが悪く人目につきにくい地形を探したり、なるべく金を持っていそうな標的を見定めたりする必要もあることを考えると、遠すぎるのも移動だけで時間がかかってしまい、好ましくない。
琢郎が拠点としたこの岩の割れ目がある山は、トラオンの町と隣の町を結ぶ街道の北側にある。
ここがトラオンと隣町、どちら側に近いのかまではわからないが、襲撃場所としてはその向こう。隣町とその次の町を結ぶ街道のどこか辺りが適当だろう。
「ならとりあえず、次はトラオンじゃない方の町に行くか」
隣町とどういう位置関係にあるのか、またトラオンとそう大きく違うとも思わないが、町の様子も見ておきたい。
ついでに、さらに足を伸ばして街道沿いの地形の様子も下見しておこう。
雨のために拠点に残って考え事をしているが、これ以上詳しい計画を練るには頭の中だけで考えるのではなく、一度はこの目で実際に見ておくことが必要だろう。
「あとは、それまで残りの金をどう使うかだよなぁ」
襲撃の決行までにどれだけの時間がかかる、あるいはかけられるかはまだはっきりしないが、その間にも食べるものは当然必要だ。
狩りだけでも食料は調達できるだろうが、襲撃の下調べをすることを考えれば、買ったパンに頼る部分を大きくして狩りにかける時間は短くしたい。
それらを踏まえた上での、金の使い道。悪天候の備えなど他に必要な物のリストアップやその優先順位をつけることくらいならば、今でもある程度考えることができた。
もっとも、今残っている金だけではおそらく足りないので、すぐに獲らぬ狸の皮算用にはなってしまったが。
そうしてあれこれ考えているうちに時間が過ぎていくが、岩の割れ目から見える外はまだ雨が止む気配はない。
ただし、朝に元素操作を利用して入り口付近の地形を少しいじったことが功を奏したようで、棲家の方に水が流れ込んでくる様子もなかった。
それを確認して安堵した琢郎は、この日はかなり早くに眠りについたのだった。
翌日、無駄な体力の消耗を避けて早く寝た分、起床時間もいつもより早くなった。
幸いなことに雨は夜の間に止んだらしく、出入り口の岩の割れ目に顔を向けると、早朝の日の光が差し込んでいるのが見える。
「よし。じゃあ、今日の予定はまずここの周りを探索するところからだな」
食べられる木の実や草、狩りの獲物となる獣の活動圏。そうした場所を探すのはもちろんだが、第一は周辺の地形をよく確かめることだ。
間違っても、後で戻る場所がわからなくなってしまうような事態には陥りたくはない。
「……あれ?」
だが、外に出た瞬間に琢郎は、目の前の光景に違和感を覚えてしまう。
一昨日にこの場所を見つけた時と比べると、視界に緑が増えている。
一瞬、雨の影響で岩の表面に苔でも生えたのかと思ったのだが、違う。
雨が呼び水になったのは同じかもしれないが、苔などではない。ゲル状、あるいはアメーバ状の緑色の物体があちこちの岩に貼り付き、よく見ると蠢いている。
「うげぇ……ッ」
町でその名前を聞いてはいたので、正体を察することはできた。
スライムだ。
スライムというと某RPGシリーズのイメージがどうしても強いが、現物は(少なくとも、今目の前にいる物体には)愛嬌の欠片もない。不気味に蠢く、ただの不定形生物にすぎなかった。
「<火炎球>!」
形状からして、斬ったり突いたりが効果的であるようには思えない。
雨で濡れて地面が湿っている上、草もほとんど生えていない場所なので延焼の心配もいらない。
琢郎は迷わず、スライムに火球を投げつけた。
炎に包まれたスライムは、身の内の水分をみるみる蒸発させていって、岩の表面にわずかな残滓のみを留めてやがて消滅した。
「<火炎球>! <火炎球>!」
火球が有効――どころか過剰火力と思えるほどに簡単にスライムが蒸発するのを見て、琢郎は連続して火球を生み出し、手当たり次第に目に付いたスライムに投げつけていく。
スライム自体にたいした脅威は感じないが、昨日は魔除けの枝を取りに行っていない上に雨が残った臭いも流してしまったのかまるで例の臭いを感じず、スライムもこちらを避ける様子はない。
琢郎がここを離れている間にもし棲家の中にスライムが入り込んだらと思うと、いい気分はしない。
雨上がりのナメクジのように、普段いないものが雨に誘われて出てきたのだろうと、目に付いた範囲のスライムを次々焼却していった。
今回のスライムは半液状ですが、この世界のスライムは多種多様。もっとゼリーっぽいのも次には出ます。




