02. 魔法使いの伝説の正体(の1つ)
30歳童貞が魔法使いになるという話を、自己流に解釈した結果。
終わった。死んだ。
というか、もう死んでた。
このガキがさっき人のこと指差して笑っていたのも、今ならわからないではない。
自家発電中に死亡とか、他人が見たら笑いたくもなるような死に方だ。自分だって、ネットの記事か何かでそんな話を見れば笑うだろう。
もっとも、他人なら笑い事だが、身内がそんな死に方をしたら、笑うどころかきっと情けなくて泣く。
そんなことを考えると、もう親に合わせる顔がない。
「いや、だからキミもう死んでるって。どのみち、もう二度と顔合わすこともないから」
膝と手を床に付けてうな垂れたままでいる琢郎に、その心を読んで突っ込みを入れてくる少年。変わらぬ軽い調子のままで言葉を続ける。
「それより、そろそろ話を先に進めたいんだけどぉ。でもまぁ、どうしてもって言うなら四十九日とはいかないけど、葬儀が終わるくらいまでならこのままキミの映像を見せてあげようか?」
「いや、いい! もう消してくれ!」
少年が指を動かすのに合わせて、琢郎の部屋の映像が枠ごと宙を移動する。目の前に近づけられたそれに、琢郎は慌てて振り払うように手を動かして顔を背けた。
自分の死体なんて間近で見たいようなものではないのはもちろんだが、少年の言うこの後の様子は、別の意味でも見たくはない。
一人遊びの最中で死んだとわかる情けない姿を親に見られることは当然のこと、突然死など想定していない琢郎の部屋には見られたくないものが山ほどある。
スクリーンセーバーの裏で起動したままのエルフ陵辱もののエロゲをはじめとしたHDDの中身。別に実体としてあるそれらのパッケージに、エロマンガなんかも。純愛系もなくはないが、大半が陵辱系やロリや痴漢といったアブノーマル系。
これらが遺品整理なんかで晒されたとしたら。考えるだけでもかなりアレだが、それを映像で見せられたりなんかした日には、死ねる。
すでに死んでいるようだが、もう一度、今度は精神的に。
「……というか、この状況は何なんだよ? 部屋で死んじまったんなら、今ここにいる俺は誰で、ここはどこよ?」
「今のキミは幽霊と言うか、魂だけの存在だね。でも、精神的に死ぬとか言っても、別に消えるようなことはないよ。それで、ここはまぁいわゆる、死後の世界ってところかな」
自分が死んだと認識はできても、現状は全く理解できないままの琢郎に、少年は律儀に質問に答えを返すようにして説明していく。
「ここにキミが来た、っていうか僕に呼び出された理由なんだけど……『童貞で30歳になると魔法使いになれる』って話、知ってる?」
不意にされた質問に、意図が分からないままこくりと頷きを返す琢郎。
由来なんかはよく知らないし、当然本当に魔法が使えるようになった奴を見たことはないが、清い身体であることをある種尊重するようで実質は揶揄するようなそんな話があることは知っている。
だが、今そんな馬鹿話に何の関係が。そう思ったのだが、
「で、今日はキミの30歳の誕生日。まさかその日の内とは思わなかったけど、キミが呼ばれた理由はそれ」
直後に、その考えを根底からぶち壊すような言葉が投げかけられた。
「正確に言うと、魔法使いになれるんじゃなく、魔法使いに転生できる権利を得られるって話だけどね。ああでも、実際にバグか何かで魔法の力に覚醒したとか、そういう例もあるにはあるらしいから、これが『魔法使いになれる』って話の正体の全てって訳じゃないらしいよ。僕は実際、見たことはないんだけどさ」
再び少年が指を鳴らすと、琢郎の部屋の映像は消えて、代わりに別のものが浮かび上がる。
今度は立体映像。直径1メートルほどの地球と、その横に並ぶ同じような球体。
一見、もう1つの地球のようにも見えたが、1つ目と比べると微妙にだが小さく、大陸の地形も琢郎の知るものとは違う。
「僕の上司、キミたちの感覚だと『神』というのが近いんだけど、その上司が管理している世界は地球の他にも、もう1つあってさ」
少年の言葉に合わせて、映像の2つの球体の上にそれぞれ『地球』『ラ・テラ』と日本語でテロップが浮かぶ。『ラ・テラ』というのがそのもう1つの世界の名前なのだろう。
「僕はその管理業務の中で、2つの世界に住む魂の管理の一部を任されてるんだけど、キミの魂をここに呼んだのはその一環。ある程度以上の文化・生活水準にありながら、30歳になるまで性交渉を行わなかった者の魂は、世界不適合者として救済措置が受けられる。前世の記憶を有したまま、地球からもう1つの世界に転生できることになってるんだ」
続いて、2つの球体の間が『転生』と書かれた双方向の矢印で繋げられる。
「2つの世界の間で適度に魂を循環させることも、重要な世界管理の作業の1つでさ。自殺者とかも世界間転生の対象ではあるんだけど、彼らは記憶とかを洗浄してから転生させるんで、キミらとは別扱い」
「えっと……じゃあ、俺みたいに異性に縁のないまま30になった奴は、死んだら全員別の世界に転生できるってことか?」
図解付きでの解説だが、現実感のない話にいまいち要領を得ない琢郎が疑問を口にすると、少年はわかってないなぁと言うように首を横に振る。
「まさかぁ。別に、30歳で人生が全て決定するわけじゃないからね。30歳の時点ではその魂にマーカーが付けられるだけで、死亡時点で総合的な幸福度が評価されて、救済措置の対象になるかが最終決定されるようになってる。……マーカー付けたその日にここに来るのは、正直レアケースだね」
中でもそんな死に方をするような奴は、とでも言いたげな笑みが少年の顔に浮かぶ。
「ま、そういう訳なんで。これからキミの、第2の人生について相談しようか」
こちらは1話当たりを短めに……と言いつつ、ついつい描写が長くなってしまいます。
多分次回で転生前の話は終わる予定。