26. 新たな町へ
新たな舞台へ移動……なんですが……
ひとまず森の中を少し移動した琢郎は、少し進んだところで木がまばらになって、日の光がよく当たる場所をみつけた。
そこの柔らかい草の上に、あぐらをかく格好で腰を下ろす。担いだ荷物をその前に置くと、中からパンの入った袋と小さな木のコップを取り出した。
まずは水の元素を操作して、コップの中身を満たす。
次いでパンを取り出し、かぶりつきかけたところでふとその手を止める。わずかな時間考えると、今度は慎重に火の元素を手に集め始めた。
「あまり火が強くなりすぎないよう気をつけてっと」
1分後、軽く炙られて香ばしい匂いをさせたパンに、あらためて口を運ぶ。
焼きたて同様とまではいかないが、それでも冷えて固くなったままとはまるで違った。
1つ目のパンを食べ終えると、同じ要領で2個目のパンと、残り少なくなった燻製肉にも火を通す。これらを口に運びながら、琢郎は今日の予定を考え始めた。
「んで、この後どうしたもんか……」
結局、昨日はあの猫獣人を見かけて町から逃げてしまったために、買い物はまだ十分とは言えない。酒はまだ残っているが、それ以外は今日中にも食べきってしまうだろう。
正銀貨3枚はまだ取っておくとしても、昨日崩した分がまだ5000ほど残っている。これでもう少し食い物や、何か野宿に役立つような物でも買っておきたい。
とはいえ、あまり荷物を増やすのも好ましくない。パンは仕方ないとしても、他は調味料のようなものを買って、食材はある程度自分で用意するべきか。
自炊の経験はないが、今はそんなことを言ってもいられない。
塩や簡単なソースだけでもあれば、焼くくらいしか調理できなくともいくらかましにはなるだろう。あるいは、調理用に小さな鍋なんかを買うというのもいいかもしれない。
「なんにしろ、もう一度どこか町に行かないとな」
とはいえ、猫獣人の娘とニアミスした昨日の今日で、あの町に戻る気にはなれない。
そうすると、道が通っているところまで戻って、昨日の町とは反対側に進むというのが一番手っ取り早い。昨日通って来た道よりは人通りも多かったし、どんなところかはわからないが、道が続いている以上どこかには繋がっているはずだ。
そうと決まれば、即行動。コップに残った水を飲み干し、パンの袋とともに荷物に戻して立ち上がった。
「<風加速>!」
荷物を担ぎ直すと、例によって高速移動で道の方へ急ぐ。
琢郎の鼻が魔除けの臭いを感じにくくなったわけではない証拠に、木々の向こうに道が見えてくると例の不快な臭いが鼻を刺した。
一度足を止めると、森の中では枝などに引っかけて破かないよう脱いでいたローブを再び身に纏い、人通りがないのを見計らって道に出る。
「えっと、たしかあっちから来たはずだから……進むべきは向こうか」
少し離れた道の先に、昨日琢郎が枝を折った跡を見つけると、そこから行くべき方向を確認して道沿いに進む。
移動速度が速いために、途中2人ほど追い越すことになった。多少は驚かれたものの、ローブとフードで正体を隠しているので、ただ先を急ぐ魔法使いに驚いたといった感じだった。
「って、分かれ道か」
そのまま真っ直ぐ着けばよかったのだが、森を抜けたところで再び分岐点が目に入り、一度足が止まる。
分岐点、と言うより正確にはここで別の道と合流していると考えるべきか。
ほぼ十字路になっており、琢郎が通って来た道と同じような道があと2本。残る1方は倍以上の幅の広い道になっていて、他方は森や山に向かっているのに対し、こちらは平地に続いていた。
「どっちに向かうべきか……?」
普通に考えて、おそらく広い道の先が一番大きな町に続いているのだろう。だが、町が大きすぎると危険も大きくなる気がする。
治安維持のために人の出入りが厳しかったり、人が多い分だけ琢郎の正体に気づける人物がいる可能性も高くなったりしそうだ。
それくらいなら他の道を行った方が、町の規模は小さくとも安全かもしれない。大きい町の方が店や売り物は多いかもしれないが、昨日のように正体がバレる危険が起きては買い物どころではなくなってしまう。
やはり安全を優先するべき、大きな町に行くのはもっと人間の中に紛れることに慣れ、もう少しこの世界の人間社会の情報を得てからの方がいい。
しばらく迷ったものの、そう決断した琢郎は広い道ではなく直進して山へ向かう道を選んで進むことにした。
構想の目的地は決まっていても途中経過がはっきりしていなかったせいで、思い浮かぶままに動かした結果、少々予想外の方向に。
鍋とかはいいんですが、もっと猪突して早々に正体バレるはずが、意外と人間社会に紛れる生活が長くなりそうな。




