24. ニアミス
どうしてこうなった……
「……なんで、あいつがこんなとこに」
通りの向こうに、見覚えのある猫耳が見えた。
町中だからか、革の防具すら着けていない軽装。あの時にいた他の仲間の姿も、今はなかった。
だが、それは間違いなく姿を消して逃げようとしていた琢郎に勘付いてナイフを投げてきた、あの猫獣人だった。
逃走の際、非制御の<風加速>で高速移動した上、崖を落下したために、巣からそれなりに離れたものと思っていたのだが。
思いの外近かったのか、それとも冒険者たちも何らかの高速移動手段を有していたのか。真相はわからないが、猫獣人の娘がそこにいるのはたしかだった。
どうしてあの時<透明化>で姿を消していた琢郎に気づいたのか。それがはっきりわからないだけに、怖い。
今度も、フードとローブで姿を隠している琢郎の正体を看破してしまうのではないか。
「冗談じゃないぞ……」
こんなところで、琢郎の正体がばれてしまえばどうなるか。
今近くにはいないようだが、他の仲間を呼ばれるかも。それでなくとも町を警備する兵のような者がいれば、魔物(=琢郎)を退治するために集まってくることだろう。
ならばいっそ、こちらから先制して彼女の口を封じるべきか。
綿のシャツにスカート。向こうも買い物の途中なのか、手に抱えているのは何やら物がいくつか入った紙袋。
目立った武装はないし、今の彼女1人だけならなんとかできそうな気もする。
もっとも、町中でいきなり攻撃魔法など使ってしまえば、正体を露わにされるまでもなく、周囲が全て敵になってしまう。
そんなことになったら、せっかく手に入れた酒や食い物も荷物もろとも捨てて、再び身一つで必死に逃げなければならなくなるかもしれない。
「す、すまん。やっぱりさっきのパンをもう1つ、追加でくれ」
かといって、ここで慌てて踵を返して逃げたり、魔法で姿を隠そうとしたりしても、かえって怪しんでくれと言っているようなものだ。
幸い、今のところは向こうに気づいたような素振りはない。先走って下手な行動をするよりは、このまま気づかれない可能性を信じよう。
琢郎はそう断を下すと、まずは振り返って先ほどのパン屋に追加注文を出す。
考えを巡らせていた時間はそう長くはなかったが、その間も今も、人の流れに乗ってゆっくりと猫獣人の娘は近づいている。近づけば近づくほど、琢郎の正体が気づかれる可能性はおそらく大きくなる。
「支払いはこれで。釣りはいらん」
琢郎が頼んだのはそこそこ日持ちするという安物の固いパンで、価格は1つあたり90と、銅貨1枚でもお釣りが出る。
銅貨1枚と引き換えに追加の1個を受け取ると、釣りを待たずに店の前を離れる。方向はもちろん、娘に背を向けて遠ざかる方へ。
一度振り返って追加の買い物をすることで、極力自然に進む方向を転換したつもりだ。
このまま急ぎすぎず、不自然に目立たぬようどこかの脇道にでも入って、娘の目が届かない場所まで来たら、急いでこの町を出よう。
「あッ!?」
そうして歩き出した矢先、突然後ろで猫獣人が声を上げた。
まさか!
気づかれたか?
心臓が大きく跳ね、思わず身体がビクリとなる。
「はッ……はッ……」
緊張で呼吸が荒くなりながら、おそるおそる後ろを振り返る。
そこには、
「ありゃー、しまったにゃぁ」
手にした袋の中を漁り、買い忘れた物でも思い出したのか、そのまま踵を返して遠ざかっていく猫耳を生やした娘の姿があった。
そのまま人の波に紛れ、やがて見えなくなってしまう。どうやら、琢郎のことには何も気づかなかったようだった。
「……お、脅かしやがって」
それを見送って、琢郎は安堵の息を吐く。
だが、当面の危機は去ったが、まだ同じ町にいることには違いがない。さらには、彼女以外の冒険者ともまた鉢合わせる可能性も考えられる。
とてもこれ以上、町で買い物や買い食いをするような状態ではなかった。
結局、琢郎は猫獣人を見た後に決めた予定通りに、そのまま町を出た。ただし、途中で枝分かれしている道は来た時とは違う道を選ぶ。
元の道よりは人の往来が多かったが、やはり別の森の中へと進んでいて、人目がなくなる場所まで来たところで、琢郎は道の脇に植えられた魔除けの聖木の枝を5,6本ほど適当に折り取った。
折った枝を袋に詰めると道を外れ、日が落ちる前に寝床となり得る場所を探す。
1時間ほど加速魔法を使って探索した結果、洞窟とまでは呼べないものの、岩陰がちょっとした窪みのようになっている場所を見つけた。
その周囲に、折り取ってきた魔除けの枝を配置する。身体を横たえる場所には余った毛皮を敷いて、昨日よりはだいぶ改善された寝床を用意することができた。
買ってきたパンと酒で夕食をとった後、昨日とは違い眠りにつく前にもう1つ、しなければならないことがあった。
オークという種族が抱える、過剰な性欲を発散させるための行為。自家発電である。
今日の燃料は、さっき琢郎のことを脅かしてくれたあの猫獣人に決定した。
元々、オークの巣での女性の酷い扱いについていけなくなったのが自家発電に走った原因だった。そのため、これまでの燃料はわりと穏やかというか、あっさりした想像だった。
だが、今日は脅かしてくれた猫獣人に対する琢郎の感情もあって、今世では初めての激しい妄想でもって、下半身の滾りを放出させたのだった。
なぜだか妙に長くなる一方、肝心のサブタイのシーンはかなりあっさりという結果に。
偏頭痛の発生で執筆が遅れて、かなりアレな感じな勢いで書いたものではあるのですが。
あ、次回はまた新しい場面に移ります。




