23. はじめてのおかいもの
タイトル、素直に「おつかい」でよかったかとも思わなくもなかったり。
「これで、買えるだけの数をくれ!」
銀貨の価値がわからないので、琢郎はそう言って一番近くにあった串焼き肉の屋台を出している男に1枚見せる。
気軽に食べられそうなものだし、まさか足りないということはないだろう。そう思ったのだが、
「おいおい。これ、小銀貨じゃなくて正銀貨じゃねぇか」
屋台の男は驚いたような声を出した。
串を焼いているのとは逆の手で、1本150と書かれた看板を軽く叩いて示す。
「ウチはこの通り、銅貨1枚半で1本だぞ。正銀貨で買えるだけってなると、えぇと……70本弱か? 今焼いてあるだけじゃまだ足りん。本気で言ってんのか?」
どうやら、逆に大きすぎる額だったようだ。
1本150が70本弱ということは、多分キリがいい数字と仮定して、1枚1万の価値があるのだろう。聞いた情報から頭の中でそう計算しつつ、フードで顔を隠しているため琢郎は手振りを交えて言葉を返す。
「いや、さすがにそれは多すぎる。実は、今ちょっと細かいのを切らしてしまっていて。悪いんだけど、5本買ってあと釣りをもらうことってできるか?」
「そりゃあできるが、黒銀貨はないし小銀貨も全部出すわけにもいかんから細かくなるぞ?」
「ああ。それでいい」
売上金を確認して返した男の言葉に、琢郎が頷いて銀貨を渡す。受け取った男は確認のつもりか銀貨の両面をよく見た上で、それを懐にしまって代わりに売上金から小さめの布袋を取り出した。
「とりあえず、これで銅貨50枚だ」
袋の口を少し開けて、中に銅貨が入っていることを見せると、そこに追加でもう2枚と、さっき琢郎が渡したものより2回りほど小さい別の銀貨を4枚その上に入れる。
「小さいのが残り銅貨2枚と、あと小銀貨4枚。少し端数が足りないが、それは両替の手間賃とでも思ってくれ」
金の入った袋と、次いで注文どおりの5本の串を琢郎は受け取った。
「あんがと」
礼を言うと、屋台の前を離れつつさっそく1本を口に入れた。歯で肉を軽く押さえて、串から引き抜いて咀嚼する。
肉の中から沁み出す肉汁と、上に塗られたタレの味が口の中に広がった。焼き鳥ではなく、おそらくは牛かそれに似た獣肉の味だった。
すぐに最初の1本を食べ終え、続いて2本目を口にする琢郎は、今の買い物でわかったことを少し整理する。
まずは、フードで顔を隠したままでも問題なく買い物を終えられたということだ。珍しくもないのか、さっきはまるで触れられることもなかった。
次に硬貨の種類だ。銅貨1枚半が150ということなので、銅貨1枚は100。さっき考えたとおり正銀貨が1万だとして、もらった釣り銭からすると小銀貨が1枚1千になる。
合計すると銅貨52枚=5200に小銀貨4枚=4千の9200。
買ったのは1本150×5=750だから50ほど足りないが、それは構わない。男の言ったように両替の手間賃、加えてこうして貨幣価値の見当をつけることができた情報料と考えれば、むしろ安いものだ。
荷物の袋に隠してあった正銀貨が残り3枚なので、所持金は計39200になる。
他の屋台を見ても、数字を書いた値札はちゃんと出ている。
これらがわかったことは、これから買い物するにおいて結構大きい。
「……っと」
そこまで考えたところで、ちょうど3本目の串を食べ終わり、少し喉も渇いてきた。適当に隅っこの方へ食べ終えた串を投げ捨てると、琢郎はさっき見た酒を売っている屋台へ向かう。
この場で飲むのに銅貨4枚で大きな樽から木のカップに注がれたぶどう酒と、持ち帰り分で小銀貨を2枚出して同じ酒の入ったやや小さな樽も買った。
ここでも、特にフードで顔を隠していることについて何か言われることはなかった。あらためて周りを見ると、琢郎と同じようにフードですっかり顔を隠している者がちらほらいるのだからそれも当然なのだろう。
それにしても、地球とは違っていろいろな姿の者がいる。
残りの串を肴に酒をちびちびやりながらしばらく眺めていると、琢郎はそう思わずにはいられなかった。
一番多いのは人間だったが、巣を襲ってきた中にもいた尖った長い耳を持つエルフや、身体の一部に獣の特徴を持った獣人。濃い髭面にがっしりしているのに、身長は子どもくらいの者(ステータスを見ると、案の定『ドワーフ』だった)もいた。
さらに、獣人と一口に言っても様々な種がおり、あっちに見えた牛獣人の女性は服の柄が大きく歪んでしまうほどに大きな膨らみを持っており、歩くたびに揺れている。
今、前を通り過ぎた犬獣人の娘は尻尾を通すためにスカートの後ろに穴を開けているようだったが、スカート自体がかなり短いために動いたり風が吹いたりするとふわりとその下が覗けてしまいそうで……
「って、マズいマズい!」
我に返って声を上げる琢郎。
昨日自家発電を行わなかったせいか、行き交う人を観察していたはずが、途中から無自覚のうちに女性ばかりを目で追ってしまっていた。ばかりか、ローブの下で下半身が反応し始めている。
最後の串を食べ終え、コップの酒を飲み干すとさりげなく手で前を隠すようにして移動する。酒を売る屋台にコップを返せば銅貨1枚戻ってくるという話も買う時に言われたが、コップがあると便利なので琢郎は返さずに袋にしまった。
さすがに豚獣人らしき者の姿はなかったので、フードの中を見られてしまえばマズいだろうが、それさえ気をつければ大丈夫そうだ。
ならば、急いで金を派手に使ってしまう必要はない。腹を満たし、日持ちするものをいくらか持ち帰ったりはするものの、また次回ここに来ればいい。
今さっき木のコップを袋に入れたように、食い物以外にもまた何か便利な道具を買うということもあるかもしれない。
そう結論して、今度はパンを売っている店で足を止めた琢郎だったが、いくつかのパンを買った後で、見てはならない者の姿を見てしまった。
いつもいつも、なんか思ったより長くなってしまいます。
まぁ今回は、貨幣の説明が入ったのが一因でしょうが。




