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魔神が目覚めた神殿

作者: ぱにらん

 むかしむかしの、ずぅっとむかし。

魔神を封印した大きな大きな神殿がありました。

やがてときが経ち、時代は流れ。魔神を戒める封印の鎖は、朽ちて切れてしまいました。


 自分を神殿に縛り付けた人間はとうにいなくなっていて。

吹き付ける風に聞けば。どうやら魔神の封印譚は、人間の間では時代の流れとともに、神話の時代のおとぎ話になっているようでした。


 封印は解けた。もう自分を狙う人間は、いない。

自由になった魔神は、あてもなく歩き出しました。

踏みしめる土の感触は、足にこびりついて離れなかった遠い記憶の片端と、まったく変わっていませんでした。


 大きな魔神は、木に背を預けて泣いている、小さな女の子を見かけました。

妙な子だ。魔神は思いました。

だって今は夜。こんな幼い子供が、満月くらいしか明かりのない夜の森にいるなんて。


「何をしているんだい」

 魔神が声を出すと、草木がざわざわ揺れ動き。女の子はびくりと肩をふるわせて、キョロキョロと忙しなくあたりを見回します。


「だぁれ……?」

 女の子の目や顔は赤く、ずいぶんと前から泣いていたようでした。

お嬢ちゃんはここで何をしているんだい。どうしてここにいるのかな。

優しい声でそう訊くと、女の子はいいました。


「あたし……お母さんに怒られたの。

それで、ひとりになりたくてここに来たの。

でも迷っちゃって、どう帰ればいいのかわからないの」


「そうか、それなら近道を知っているよ。

さあ、教えてあげようね」


 とは言ってはみたものの、この姿をどうすべきか、魔神は考えました。

魔神の姿は目にも明らかな異形。

女の子がさらに泣いてしまうことは明らかで、もしかしたら心とまぶたの裏に、消えない記憶を植え付けてしまうかもしれない。


 女の子が不安にかられない程度の短い間に頭を巡らして。

魔神は、小さな青い蝶々に変身しようと決めました。


 魔神が化けた青い蝶々に導かれて、女の子は森の道を進みます。

虫の声のまんなかを、遠くから響く獣の遠吠えを聞きながら。


 魔神は女の子が蝶々の姿を借りた小さな自分の姿を見失わないよう、精一杯体を発光させて飛んでいました。


 するときらきらリンプンが舞い落ちて、二人が通ったあとには、光の道が出来ました。


「さぁ、ついたよ」

 女の子を森の入り口へ誘導し終えた魔神が言いました。

女の子はすでに泣き止んでいたけれど、まだまだ顔は真っ赤っか。


「ありがとう」

 りんごみたいな顔を綻ばせて、女の子はお礼を言いました。

魔神は何だかくすぐったいような気持ちになって、ふっと笑いました。するとリンプンが、ぱぱっと舞って。


「ありがとう、青い蝶々さん!

あした、お礼にりんごを持ってくるね! おかあさんがお庭にたくさん、りんごを作っているの。

ミツたっぷりで、とってもおいしいんだから!」


「いやいや、お気になさらず。そのお礼に来て、また迷ったらいけないからね?」


 はんぶん冗談めかして魔神が言うと、女の子はぷくくっと笑って。


「じゃあ蝶々さん、ここで待ってて、

あした、学校お休みなの。

だから明るいうちにくるから!」


「……なんとしても来るのかな?」

「うん、だってお礼は大事だもの!」


 あしたまた会う約束をすると、女の子は目をきらきらさせて、とっても嬉しそうにしていました。


 約束だからね! と、手を伸ばしてきたものだから、魔神はその腕に止まりました。

「わかったよ」そう言って。


 魔神がとまった腕をみて、女の子は嬉しそうな歓声を上げました。


 町へ向かう女の子の背中が見えなくなるまで見送ってから、魔神はもとの姿に戻りました。


 ずいぶん久しぶりの変身だったから、もうどっと疲れてしまったのです。

ああ、つかれた。

さて。神殿に戻って寝ようかな。

そんなことを思って、魔神はいま来た道を引き返します。


 ずいぶん不思議な気分でした。

くすぐったいような、むず痒くて……でも、嫌な気はしない。


(さてあしたは、早起きしなくちゃなあ)


 疲れているのに、心は何故だかうきうきしていて。

初めての気持ちをぶら下げて、魔神はねぐらへ帰っていきました。




おわり

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