瑠璃色の夏-2-
「あたしの調査によると、名前は藤沢駿。2年5組26番。義理の兄は公認会計士。姉はアパレルショップをいくつか経営してるキャリアウーマン。本人はスポーツ万能で今は水泳部に所属してる。勉強は確かにそこそこだし長男だけど、両親がいなくて姉夫婦と住んでるみたいだから、跡取りの心配はなし。子供の頃に海外で過ごした経験がある。現在彼女なし」
「無駄に詳しい情報ありがとう」
ルリの報告会をばっさりと打ち切ったのは梢である。
梢、ひろか、幸、小夜、そしてルリの五人は、教室の隅にかたまっている。
ルリがプール男にぶつかってから一週間が経った。それからの彼女は探偵顔負けの尾行調査を行い、ストーカーもたじたじな程の執念で彼の情報を調べあげたのである。
「無駄って言うな!」
「じゃあ私達には不必要な情報をありがとう」
「あんたたちには不必要でも、あたしには必要不可欠なの。見たでしょ?あの顔、あの眼、あの身長、あの声!あたしに気があるとしか思えない言動!」
「なんか言ってたっけ?」
ひろかは今日もゾンビ殺戮ゲームを進めていた。その合間には持参したチョコレート菓子をつまんでいる。
「あんたはそんな食っちゃ寝みたいなことしてるから太るのよ。恋でもしなさい恋でも」
「恋したって痩せないもーん」
「とにかく、あたし決めたの」
何を?と聞いてくれたのは、幸と小夜だけだった。幸は一応聞いただけだが、小夜は本心から興味があるようではある。
「あたし、藤沢駿と付き合う」
無理でしょ、と梢がせせら笑う。
おめでとう、とひろかがポッキーを一本くれる。
彼氏ほしいなあ、と幸が嘆く。
ルリちゃんならお似合いだね、と小夜だけは言った。
「あたしにふさわしいと思うの。確かに将来の職業はまだ分からないし、結婚すると決まったわけではないんだけど、まず付き合ってみないと分からないから」
「もう告白したの?」
来週に迫った期末テストの勉強をしながら幸が問う。彼女は人一倍勉強するのに成績があがらないという、不運というか、効率が悪いというか、梢に言わせれば「天性の馬鹿」だそうである。
「まだ」
「じゃあ付き合えるかどうか分かんないじゃん」
「ひろか、あんた馬鹿なの?このあたしが振られるとでも?」
「ルリちゃん昔からモテるもんね」
小学校からの同級生だという小夜が助け船を出すが、誰も同調する者はいない。
ルリの性格を知っているせいで、どんなに彼女がモテる女だとしても、認めたくないらしい。
「とにかく、今日あたしはそれを伝えてくるの」
「がんばってー」
ひろかの心ここにあらずの声援を受け、ルリは放課後を迎えた。
ルリが集めた情報によると駿は水泳部である。ならばこの時期はプールにいるだろうと踏んで、先日の出会いの場に臨んだ。
しかし、プールで泳いでいる影は一つもない。テスト前だから部活がないのだと気づいたのは、プール周りをフェンス越しに三周もしてしまった後だった。
--出鼻をくじかれた。
そう思って出直そうとした矢先、更衣室の方から話し声がした。もう一度フェンス越しにプールを覗くと、水泳着を着用してプールサイドに出てくる者がいる。
藤沢駿だ。
「あっ」
心臓がきつく鳴った。
生まれて初めての体験である。
藤沢駿は友人二人と共にプールサイドで何やら雑談をした後、少し屈伸運動をし、飛び込み台に登って一気に水へとダイブした。
ルリの位置からでは泳いでいる姿は見えない。しかしばしゃばしゃと水をかく音だけはする。
何ターンしたのか知れないが暫くすると水から上がってきた。友人二人もそれぞれプールに飛び込んで泳いでいる。
ふと、彼と眼が合ってしまった。
ルリは逸らせないまま挙動不審になる。
「あれ、どちらさま?」
近づいてくる。
「あ、あの、私」
「ああ、こないだの。鼻、大丈夫だった?」
「別に、大丈夫だけど」
「何か用?もしかして入部希望?でも今日は部活がないから、部長は来てないよ」
「部活がないのに、泳いでるわけ?」
「暑いから泳いでるだけ。水泳部は廃部寸前だから」
そう言って彼は笑った。
髪が濡れているせいか、眩しく見えた。薄茶色の髪も、少しだけ日焼けした肌も、それから妙に色気のある瞳も、全部眩しかった。
「入部じゃないの。あなたに用があるの」
「俺?こないだのこと怒ってるなら謝るよ」
両手を合わせて申し訳なさそうにする。首を少し傾けるあたりが可愛らしい。
「違うわよ」
ルリは片手を腰にあて、かなり偉そうに言った。
「あたしと付き合いなさい」
藤沢駿はきょとんとしていた。
当然の反応である。
「俺が」
「そうよ、他に誰がいるの」
「君、名前は?」
そういえば彼はルリの名前すら知らない。さすがに失礼だと思い、これまた偉そうに名乗った。
「東雲ルリ」
「しののめ?ふうん」
暫く考えるような素振りをしていた藤沢は、おもむろにフェンスに手をかけ、ルリを上から覗き込むようにして近づいた。
「悪いけど、お断りするよ」
「なっ!」
なんでよ!とルリもフェンスに手をかける。がしゃんと音が鳴って、フェンスのてっぺんに止まっていたトンボが飛び立った。
「なんでと言われても」
「あたしが付き合うって言ってんのよ!嬉しくないの?」
「全然嬉しくないけど?」
「こっ」
このやろう、あるいはこいつめと、そんな感じの言葉が出そうになって押しとどめる。ルリは真っ赤になって怒った。
「ふざけないでよ!あたしにふさわしいと思ったんだから、あたしと付き合いなさいよ!」
「ふさわしいって何が?あんた俺のこと何も知らないじゃん。俺も知らないし」
「知れば付き合うわけ?」
「いや、付き合わないけど」
「ばっ」
馬鹿にしないでよ、と言いそうになったがまた我慢する。
「分かった。今日はいいわよ。急に言われて驚いてるんでしょ。また日を改めるわ」
「いや、何を改めても付き合わないよ」
「ふん、あたしの魅力を知れば付き合いたくなるわよ」
ルリはきっと睨み付けてその場を去った。