第八話 精霊との契約
前回倒れた後の話
誰かが呼んでいるような気がする。
「ん……、あれ?」
寝てた? なんかいつもとは違う夢を見ていた気がする。
『……起きたのね、馬鹿マスター』
――おきたーおきたー――、――ばかがおきたよー――、――わーいわーい――
「あれ、エル? えっと何があったんだっけ? ってか馬鹿ってひどいし……マスターってなんのこと?」
目が覚めたら精霊たちに馬鹿にされていた。まったくもって意味が分からない状況である。
「というかエル……泣いてるのか?」
そしてよく確認してみれば俺はエルに膝枕されている状態だった。とくに意識してなくても触れてる? エルが意識してたから問題ないのかな。
『うるさい馬鹿! あなたは自分がどんな無茶をしたかわかっているの? 下手したら死んでるところだったのよ!』
えっと、俺はエルの名前を考えてそれを伝えただけだったよな。そのあとに意識を失った。……なにかまずかったのだろうか。
「……わからないから教えてもらってもいいかな」
俺がそう伝えると、エルはさらに声を荒げて言った。
『精霊に名前を与える! いいえ、精霊に限らず名無しに名を与えて名前持ちにして契約を果たす! これには莫大な魔力を必要として、魔力が足りない場合には命を失うの! 常識でしょうが!』
……えっと、あれだけで契約になったというのか? それに魔力や命云々と言われても、実感が湧かない。身体は少しだるいだけで特に問題なさそうだし。
それをそのまま伝えたらえらく驚かれた。
『いえ、ちょっと待ちなさいよ。これ常識よね? 精霊やエルフだけの常識じゃないわよね……?』
そしてなんかぶつぶつと呟きだした。聞こえてはいるんだけど、なんか声をかけづらい状態になってしまったな。それでも話が進まないと困るから声をかける。
「あー、すまん。俺は渡り人という存在らしくてな。この世界の常識についてはほとんど知らないんだ」
『…………』
こ、今度は黙ってしまった。なんか膝枕の状態のまま話しているからじっと上からこっちを見ている状態だし、なんか少し怖いような気がしてきた。
『そ……それを早く言いなさいよこの馬鹿マスター!』
「ご、ごめんなさい?」
『もういいわ……あと身体が平気なら起きて。このままじゃ話しづらいわ』
なんか呆れられてしまったな。とりえず言われたとおりに身体を起こす。
『まったく。渡り人だったなんてね。ある意味納得できるけど、あなたこっちに渡ってからそうとう日が浅いでしょう?』
その通り、まだ2日目だ。そう伝えると、やっぱりか……みたいな表情をした。
『じゃあ説明させてもらうわよ。まず、あなたと私はもうすでに主従関係にあります。あなたが主で私が従者ね』
主従関係。なんか嫌な響きだな。
「俺は対等な関係がいいんだけど」
どっちが上でどっちが下とかは好きじゃない。人間だからとかそうじゃないとかは関係ないんだから。
『わかってるわよ。あなたは私に名を与えてくれたけど、そこには主従の意味は含まれていなかったもの。あくまで対外的には、よ』
……なるほど、だからエルは俺に対してのしゃべり方を最初から変えていないってことなのかな。うん、それなら嬉しいな。
『嬉しそうな顔をするわね……それで、あなたは私に名前を与えてくれたわ。莫大な魔力を対価としてね。それで身体が平気ということはあなたの魔力は普通では考えられないくらいの量ということね。さすがは渡り人ということかしらね』
ん? それだと俺はどうして倒れたんだ? 魔力量は十分にあったわけだよな。それに対する答えは単純だった。
『あなたは魔力を一気に使ったことある? ないでしょう。慣れないことをすれば当然身体はついてこないわよ。莫大な魔力量で回復が速かっただけ』
なるほどなぁ……そうだ、魔力で思い出した。
「ひとつ聞きたいんだけどさ、魔力をいろんな属性に変化させるのってどうやるの?」
俺は掌に無属性の魔力の球を出して、ほかの属性も使いんだと言ってみる。
『あなた、魔力量だけじゃなくて適性属性も豊富なわけ? 渡り人は贅沢ね』
なんか呆れてしまっているエルに適性の紙を渡してみる。それを見てエルは驚愕……いやなんだろう? 恐怖? わからないけどなんか複雑な表情を出した。
『……適性はこの際どうでもいいけど、あなたのこれ、加護だけど。これがどういうものか理解している?』
「いや、それは読めなかったし。どういったものかはわかんないけど」
気にしても仕方ないかと思っていたくらいだ。
「エルはそれがわかるの?」
もしかして、エルには読めているのだろうか。だとすれば教えてほしいものなんだけど。
『えぇ。読めているし、理解もしてる。でもあなたがわからないということは、まだわからないほうがいいということ。私の口からは伝えられないわね』
「そっか。それならそれは別にいいよ。いずれわかる時がくるかなーとは思ってるし」
仕方ないな。きっとエルと比べても力の大きい存在の加護なんだろう。もしもそれを俺に伝えてしまったがために、エルになにかあったら嫌だし。
『さて……属性についてだけど。何にも知らない渡り人であるマスターに教えてあげる。これは何でしょう』
そう言ってエルは掌に魔力球を出す。
「風属性の魔力だよな? それに変えたいんだけど」
いくらやってもこの無属性の魔力にしかならない。それの変換の仕方を……
『そう。風属性。あなたのそれは無属性。あなたは変換させたいと言う。そもそも前提が間違っているのよ』
前提?
「どういう意味?」
『簡単よ。魔力はたしかに総量は決まっているわ。でもね、それぞれ魔力って別なのよ』
いや、やっぱり意味がわからないんだけどさ。
『だからね? あなたには時属性以外の魔力が“それぞれ”あるの。だから無属性の魔力を出してみても、それは無属性でしかない。ほかの属性を使いたいならそれぞれを出して使う必要があるの。わかった?』
今度はわかった。なるほどなー……俺はいままで無属性の魔力しかわかってなかったのか。ふむ……
「こう、か」
できた。今回はちゃんと風属性だ。間違いなくできた。
『……ふぅ。さすがに私との契約で風属性の魔力を引っ張られたから風属性は理解できたのね。それでも普通はすぐにはできないけど、いえ、相手は渡り人。常識なんか通じないわ。考えちゃダメ……そう、考えるだけ無駄よ……』
なんかぶつぶつと呟いている。またか。やっぱり怖いぞそれ。
『まぁ何にせよ、わかってもらえたかと思うけど、あなたの行いは常識外れで出鱈目だってことよ。今後は控えなさい。場合によってはあなたの魔力量でも危ないことだってあるんだから』
「わかった。ありがとうな、エル」
『いいわよ別に。久しぶりに誰かと話せたのは楽しかったし。で、ほかの属性も練習していくの? 私はほかの属性についてはアドバイスできないけど』
「そうさせてもらおうかなー」
そのあと、ほかの属性も出せるか試してみたけれど、結局できたのは水属性だけだった。これに関してはライラの魔術を見たからだと思う。
何にせよ、楽しく過ごせたのはよかったな。
ちなみに、エルと話してばかりいて下位精霊たちはふて腐れていたので夜遅くまで遊んでいく羽目になった。さらに明日もまた来ることになってしまった。
ま、楽しいからいっか。
次もまたエルたちとの話になりそうですね。