16の秋、鮮やかな季節に記した想い
「妃山さん、それ半分持つよ」
誰でもいいから数学準備室まで運んどけよ、といわれたクラス全員のワーク用ノートを運んでいると、後ろから同じクラスの男子が声をかけてきた。
「いいわ。すぐ下の階だし、そんな重くないから大丈夫」
だが、私はそれをにこりともせずに断った。
こんなとき、じゃあ半分よろしく、なんて甘えられる性格ではない。ましてや、大丈夫よ、なんて愛想よく笑うなんて到底無理だ。友達にはよく可愛げないなんて言われるけど仕方ない。そう簡単に愛想よくできるもんじゃないし、するつもりもない。
そっか、と少しきまづそうに教室に戻る彼を横目に、私は数学準備室へと急ぐ。
今日はよく晴れた日だなと、廊下の窓から見える青空をみてなんとなくため息をついた。
そんな真面目で無愛想な私にも、好きな人がいる。
おい妃山、と後ろから小走りの足音が近づいてくる。この声‥‥知ってる。
振り返ると、目の前にあいつがいた。
「半分よこせ」
《津嶋 直》
私の、好きな人だ。
断る暇もなく、津嶋はノートを半分以上持つと、いくぞ、といって肩を並べた。
ありがとう。
そんな言葉も喉がつっかえたように出てこない。緩みそうになる口元をきつく結び、私は上履きへと視線を落とした。
津嶋はよく授業をサボる。その割には、成績は中の上をキープしていて、少しばかり顔がいいせいか女子ウケもいい。‥‥らしい。
チャラい奴。
最初はそう思っていた‥‥。
こないだ、つい好きな人はいないって言っちゃったけど津嶋はどう思った? どうせ、ふーん、そうなんだ。くらいにしか思ってないんでしょ? ‥‥‥知ってる、そんなこと。眼中にないことくらいわかってる。
黙って隣を歩く津嶋へと目を向ける。
すると、偶然こっちを見ていた津嶋と視線が交わった。
ーー心臓が跳ねる。
「なに? 」
‥‥そんな何気ない言葉さえも自然と冷たい言い方になってしまう。
眉が寄ってるのが自分でもわかる。
駄目ダメ。意識しちゃ駄目。
そう思えば思うほど、突き放す雰囲気がでてる気がする。
私って‥‥可愛くないな。
「いや、別に」
すると、ふいと津嶋は横を向いてしまった。
自分のせいなのに思いのほかぐっと胸にきて、なんか少しショックだった。
「ここでいいよな」
数学準備室の窓側にある机の上に、散らばっているプリントをどかしてから空いたスペースにどさっとノートを置いた。
えぇ、ありがとう。
今更でてきたお礼の言葉はやっぱり少し冷たくなって‥‥なんだか目も合わせられなかった。
「しっかし汚ねえ部屋だなぁ‥‥智樹の部屋みてぇ」
すぐ隣りにいた津嶋がすっと離れる。
あ‥‥いっちゃう。
そうは思っても引き止めるうまい言葉が思い浮かばない。
なにか‥‥なにか、
「次の授業はさぼらないでよ」
駄目だ。やっぱりそんな言葉しかでてこない。
でも私はこんな性格だから‥‥。
やっぱりいつもと同じように、少しにらみながら津嶋の方へ振り返るとーー
開けっぱなしだった窓から入ってきた冷たい風と共に、いつのまに真後ろにいたのか、津嶋が私の方へと手を延ばしてきた。
え? なに⁇
状況がうまく飲み込めずいきなりのことに驚いた私は、反射的に強く瞳をつむる。
すると軽く手が触れたと思うと同時に、
綺麗だな、
という津嶋の声が聞こえてきた。
なんのことだとそっと目を開けるとーー
「風で入ってきたんだろ。髪についてた」
真っ赤な木の葉が私の目の前に飛び込んできた。
本当だ。すごくーー
「‥‥綺麗ね」
ふっと口元が緩む。
もう秋だな、と津嶋が木の葉をみせて言ってきた気がした。
ふと目線を木の葉から津嶋へと移すと‥‥
「ーー津嶋? 」
木の葉のように頬を染めた津嶋が、ぎゅっと口を結んで私を見据えた。
「俺さーー」
ーー16の秋
久々に見上げた空は透きとおっていて、木々は色づき、木の葉が空に舞っていた。
少し肌寒い風が吹き込む中、静かに重なった想いと体温がゆっくりと熱を帯びていく。
春から育てた小さな小さなこの想いが、鮮やかに実る瞬間を、鮮やかなこの時期に焼き付けるように私は涙で濡れた瞳をゆっくりと閉じた。
秋の次は‥‥‥‥
きっと、
春 が く る ーー