入学!
「さあラスト1球…!!」
ドクン…ドクン…。
高鳴る鼓動はやむことを知らない。少女の心臓が時が流れることにつれて音が大きくなっていた。
少女は夏の暑さも忘れ、セミのうるさい鳴き声さえ忘れて、ただただテレビに釘付けになっていた。
バシン…!!
「…っ。空振り三振ー!エースの高田、抑えて広島第一高校の勝利!」
鳴りやまない歓声がテレビから溢れ出ていた―
―次の年の春
少女の名前は「三浦裕子」。あだ名はゆっこ。
彼女がこの県立佐川高校に来た理由はただひとつ。野球部のマネージャーになることだった。
裕子は小学校3年生から中学校3年生までずっとテニスを続けていた。
高校でも続けるつもりだった。しかし、ある人に誘われて急きょ志望変更。佐川高校に決めたのだ。
その「ある人」とは、去年の夏に佐川高校が15年ぶりに甲子園の舞台へと返り咲いたときに野球部の
マネージャーをやっていた「香川幸子」にマネージャーをやらないかと誘われたのだ。
裕子は初め、戸惑い悩んでいたが最終的には佐川高校にすることにしたのだ。
その幸子だが、実は…裕子の兄「三浦健太」の彼女なのだ。健太が高校2年生の2月から付き合い始め
今もなお続いているという。美人と知られている幸子と、自分の兄が付き合っていると考えると
どうも幸子に悪いような気がしてならないと、裕子はつくづく思っていた。
「ゆっこお~!写真撮ろうよ!」
急に呼ばれて初めて我に返った裕子は正門まで走っていった。
空は晴れ、桜が舞い散り、うぐいすが何匹も鳴いている今日は絶好の入学式日よりだった。
「あ、あとで写真焼き増しして渡すよ。とりあえず、中入ろっか?」
スラリと細く、長い足に高い身長。何よりも顔が整っている彼女の名前は「速見愛子」。
裕子の大親友の一人で性格は大人っぽく、姉貴肌で有名だ。あだ名はあーこ。
小学校3年生から友だちとなり、それ以来ずっと親友だった。もう一人の大親友「内藤まゆ」は
佐川高校ではなく、ここらへんではトップを争う名門校の県立原谷高校に入学した。
「お?うぃーすっ!お二人さんお揃いじゃん」
「おー!大志!遅刻しなかったね」
「おいおい、俺をなめんなよ?先公に遅刻魔と呼ばれて早3年…しかあーし!こんな俺も4月から違う。
純粋で、真面目で!そしてなおかーつ!素晴らしい生徒に生まれ変わるん」
「もう行こ。マユナシの話なんかどーでもいいし」
「え。ちょっとゆっこ酷くねー!?」
裕子にいじめられている彼は「増川大志」。男女関係なく、みんなからは「大志」と呼ばれているが
裕子からだけは何故か「マユナシ」と呼ばれている。理由は昔から大志は眉が薄かったから。という
単純な理由でそう呼んでいるらしい。
「さてーと…あ、あそこでクラスが振り分けされてる紙配ってるみたいだよ」
3人は配っていた先生に紙をもらい、早速クラスをチェックした。
「速見…速見…おっ。3組か…ってゆっこと同じだ!」
「え?マジ?あ、本当だ!やったー!あーこと違うクラスだったらどうしようかと思ったよ~」
2人は同じクラスになれて喜びを噛みしめていた。しかし、もう一人の男。大志は…。
「俺は…うわっ5組とか知り合い居ないわー。げー!嫌だなー」
「可哀想なマユナシーっ。ププッ。後で5組に行ってあげるよ」
「フンッ。別に来なくていいし!俺ぁ1人でこの1年間過ごすぜ!」
「いや、大志はすぐの友達出来るがな…」
「んなことねーよ。俺だって人見知り激しいんだぜ?」
「まー、もういいよ。行こ、あーこ」
2人は大志を置いてスタスタと教室に向かってしまった…。




