第三章 手がかり
「はぁ。いちおう頼んではきたが…」
そんな事を思いながら、エレイドは『鷲の爪』の扉に手をかけた。辺りは明るくなり、小鳥たちの歌声が朝の訪れを告げている。ギルドに入ると、すでに何人かの客たちが朝食を取っていた。隅にジェシカが座っているのを見つけると、エレイドは向かいの席に腰を下ろした。
「だいぶ眠そうな顔をしているぞ。これでも飲んで、目を覚ませ」
そんな様子を見ていたのか、ギルドの主人がコーヒーを持ってきた。
「どうも。親父さん…」
「残念だが、情報はまだ入ってきていないぞ」
それだけ答えると、主人はまたカウンターに戻ってしまった。
「どうでした、エレイドさん?」
ジェシカはフォークをそっと置き、心配そうに聞いてきた。
「まぁ、ここの主人に頼んだのは知ってるな?あとは『獅子の咆哮』のギルドマスター、本部の人間、俺の知っている情報屋。何か情報があれば、こっちにまわすように頼んできた。けど、正直ちょっと不安なんだよな…」
情報といってもあの爆発騒ぎ以外、手がかりはないに等しい。
「あの剣の事でちょっと思いついたことがあるんです」
コーヒーが入ったカップを口元に運んでいると、ジェシカが考えこみながら呟いた。
「正確には術式で気になったところがあって…。そうだ、作戦会議は私の家でしましょう?ダットさんの意見も聞きたいし」
答えの代わりにダットは大きく欠伸をした。いつもの事だが、やる気があるのかないのか、いまいちわからない。
「って言ったって、お前の家、夜中の騒ぎでボロボロじゃ…?」
不思議そうにエレイドが聞くと、ジェシカは自信満々に答えた。
「大丈夫ですよ~。室長が片付けると言ってくれたので~多分私が片付けた時より、ちゃんとしている思いますよ?」
理解できずにいるエレイドをジェシカは笑顔で促した。
「さっ行きましょう?」
「たしかに片付いている…」
家は確かに片付いていた。壁にあいていたはずの穴は塞がり、全然見分けがつかない。ひっくり返したようになっていた室内も、掃除、整頓され、ジェシカが予想した通り、昨日の昼に訪れたときよりも綺麗になっている。
「これも魔術なのか?」
「室長のは特別です~。はぁ~室長やりすぎですぅ~。あれどこにしまわれたかな~?」
文句を言いながら、何かを探し始めるジェシカ。そんな様子を見守りながらエレイドは近くの椅子を引き寄せた。
「なぁ、ジェシカ。こんなに悠長にしていていいのか?」
「えっ?」
ジェシカは振り返って、探す手を一瞬止める。
「いや、あぶなくないのか?」
「エレイドさんって結構心配症なんですね~」
ジェシカがクスクスと笑う。
「昨日は私も慌てていて、あんな風に言いましたけど~そこまで心配するほどじゃないと思いますよ~?術式はしっかりかけましたし、魔力がなじみ易い材質みたいですしね。まあ危ないのは変わりないと思いますが…いろんな意味で…」
「いろいろな意味で…か」
ジェシカの言葉に苦笑する。
「ありました~」
そんな声と共にジェシカは紙束を取り出してきた。
「まったく、整頓されすぎてて、どこに何があるのか…室長に頼むとそれが困ります」
「お前がきちんと片付けないからだろう?」
「私がわかれば、いいんですぅ~」
ダットのつっ込みにジェシカは口を曲げる。エレイドは話題がそれる前に口を開いた。
「でっそれは?」
紙には沢山の記号や紋章が描かれ、書き込みがびっしりとされている。興味を覚えたのか、ダットは立ち上がり覗き込んでいる。
「これ~あの剣の術式の写しですぅ~。術式を掛け直しているときは気付かなかったんですが、こことか、こことか」
エレイドは一目見て、椅子によりかかった。
「考えるのはお前らに任す」
「誰もお前には期待なんかしていない」
ダットの一言。
「はいはい」
ジェシカが指差した場所をダットはじっと見つめている。
「どう思います、ダットさん?」
「これは胴体だよな…?頭はどうなっている?」
ダットの問いにジェシカは紙束の中を探し始める。
「えっと、ちょっと待ってください。ありました。これです。これも、ここと、あっここも…えっと全部で5箇所ですね」
ダットは無言で、術式が書かれた紙の上を歩き回りながら見つめている。ダットはあまり表情を出さないほうだが、かなり驚いている様子だ。
「良く隠してある。まさかこんな術式になっていたとは…」
「これであの剣がいそうな場所が狭まりましたよね?」
ジェシカが笑顔になる。
「候補は六ヶ所って所か?」
「多分五箇所です。城は、ないですよ~」
「たしかにあの男がそんなへまをするとは、思えないな。それにしてもどこの化け物だ、この魔術師」
「それなんですよね~。一体誰、なんでしょう?これだけの術式なのに、銘が見当たらないんですよね…。方式もナルガ魔術の流れを組み込んでいるものの、大体が独自の方式です。これだけの術式を組める魔術師は大体知っているつもりでしたが、思い当たらないんですよねぇ~。今度王立図書館で少し調べてみるます…」
「結論がでたなら、そろそろ凡人にも分かる様に説明してもらえると助かるのだが…」
エレイドの声にまるで思い出したかのように、ジェシカが顔をあげた。
「そうでしたね。えっと、結果から言えば、あの剣がいそうな場所は五箇所です」
「ちょっと待て。いる?五箇所?何故そう言いきれる」
戸惑うエレイドに、ダットが小さくあくびをする。
「こいつは無知だから、一から説明してやったほうがいいぞ」
「どうせ俺に魔術の事はわからないさ。どこかの博識な猫様と違って、俺は無知なもので…」
エレイドの言葉に、興味なさそうにダットは丸くなる。
「まったく…」
「まあまあ」
ジェシカが苦笑しながら、エレイドをなだめる。
「そうですねぇ~。始めるとしたら、魔術武器かなぁ~?エレイドさん、魔術武器について、どの位ご存知ですか~?」
「昨日お前が話してくれた程度だ」
「そうですか~。えっと魔術武器を作るとき、過程は二つあります。まず鍛冶職人さんが武器をつくり、そして私たち魔術師が術式をかけて、魔力を武器に定着させます。たいていの場合、私のように、物質の構築が専門の、魔術師がそれを行う事が多いですね~」
エレイドは無言で頷いた。
「でっ今回も、変な言い方ですが、火属性の、普通の魔術武器だと思っていたんです~」
ジェシカは人差し指で自分の顎を軽く叩き始める。考えこんでいる証拠だ。
「どういう意味だ?」
「この剣の場合、術式がとにかく特殊なんです~。えっと属性の事は…」
「ばかにするな。属性ぐらいは知ってる。木、火、土、金、水の五つのことだろ?」
ジェシカはにっこりと笑い、近くの引き出しから白い紙を取り出すと、まず円を描き、中に五角形を描いた。そして角に属性を書き込んでいく。付け加えるかのように、隣に人の落書きのようなものを書いた。
「術式はこのように、『頭』、『胴体』、『脚』、と人間の身体のように見立てます。そして術式を安定させるため属性を一つ選び、それを元に術式を組んでいくのが一般的なやり方です」
「なるほど」
「ここでこの術式の一つ目の特殊なところなんです~。あの剣の術式は、属性を一つに絞っていません。五つすべての属性を元に作られているんです~。属性を増やす事は理論的には難しい事ではありません。でも安定させるのが難しいんです~、互いに打ち消しあってしまいますから…。私でもすぐに出来るかどうか…」
そう言って、ジェシカは五角形の角をそれぞれ線で結ぶ。五本の線で、一つの星が五角形の中に浮かび上がる。
「でもあの剣の術式は安定していました。それもほとんど独自の方式で…。問題があったのは、あの乱暴な掛け方だけですぅ~」
「それだけ魔術武器を造るのは難しいという事だ。術式自体しっかりしていても、かける時、少しでもずれがあれば武器の質に作用してしまう」
と、ダットが付け加える。
「これだけ術式がしっかりしていて、掛け方が粗かったというのも気になるんですけど…この術式にはもう一つ、不思議な点があるんです~」
「というと…?」
「五属性全てを元に作られている、と言いましたよね。でも一目見ただけでは、火属性にしか見えないんです~」
「どういう意味だ?」
ダットはゆっくりと立ち上がると、術式が書かれている紙の上を歩き回りながら呟いた。
「全てに属している事を隠している。それもかなり巧妙にだ。それなりに知識がないと、火属性にしか見えない」
「五属性全てを安定させるだけでも難しいのに~、それを隠して火属性に見せるのは…」
ジェシカがまた考え込む。ため息がちにエレイドは前髪を掻き揚げた。
「そろそろ頭が痛くなってきた。要するになんだ?あれは実はとんでもない剣だったという事か」
「要約するとそういう事になる。俺には剣その物の質はわからん。だがこの術式を組んだ魔術師は、とんだ化け物だ」
ダットの黄色い眼がまっすぐとエレイドを見つめる。
「珍しいな。お前がそこまで言うなんて…っで、その術式と剣の場所がどうつながるんだ?」
「重要なのは術式そのものより、属性の方だ。属性は魔術では基本中の基本だ。もちろん魔術武器の術式以外でも幅広く使われる。エレイド、六番目の属性の事を知ってるか?」
「六番目?属性は五つじゃないのか?」
エレイドの戸惑いに、ジェシカがもう一度紙に属性を書き出した。
「六番目の属性は『光』と『闇』です~。表裏一体のため、一つの属性として扱われます」
円を描き、五角形を描き、角を線で結ぶ。
「基本はいつもこの形です~。そしてこの真ん中を『光』に定めるか、『闇』に定めるかによって、効力も変って来ます。『光』だったら『守』、『闇』だったら『攻』。この『守』の形ならエレイドさんも毎日見ていますよ?わかります~?」
ジェシカがめがねをずりあげ、口元に微笑みを浮かべる。エレイドが話の流れが見えずにいると、ダットがイライラしたように続けた。
「ここ、王都の事だ。自分が拠点とする場所の事ぐらい、知ってろ」
「魔術を少しでも知っている人間には常識かも知れませんが、まあ一般的にはあまり知られていないことですから~」
彼女はそう言うと今度は王都の地図を取り出してきた。
「説明がかなり長くなってしまいましたが、全部今回の件といろいろつながるんです。まず今回の件はいろいろ特殊です」
エレイドはうんざりしたように、唸った。
「術式の事だろ?それともまだ、あるのか?」
「それもありますけどぉ~、暴走して消えてしまったというのが、最大の問題点です。暴走までいったら、武器が耐え切れなくなり壊れてしまう事がほとんどです。それが消えてしまったという事は、いちおう魔力が定着したと考えて間違いないと思います~」
「王都は『守』の形を基礎に造られた都だ。だから街中にはいたるところに魔力の流れがある。剣が消えたという事は、その魔力の流れに飲み込まれた可能性が高い」
ダットは一呼吸おいて、続ける。
「そして魔力が流れ着く先は、要である属性の祠、六ヶ所」
ダットの言葉にジェシカは順々に指差していく。
「木、火、土、金、水、そして光。理論上はこの六ヶ所です。でも実際はこの五箇所の内のどこかにいると思いますよ、あの剣」
そう言うとジェシカは鉛筆で『光』を除いた五箇所を丸く囲った。
「何故、光はいいんだ?可能性としてはあるんだろう?」
その言葉にジェシカは『光』の場所をトントンと指で叩いた。
「エレイドさん、ここはどこですか?」
「…?城だろ?」
「ええ。ここの『光』を担当しているのは、室長です。『あの室長』が城に何かを侵入させると思います?」
非常に単純で、明白な答えだった。