第二章 暴走
条件反射的にエレイドは飛び起き、手は無意識に立てかけておいた剣に触れる。
「なんだ?今のは…」
窓を開け放ち、顔をだす。外を見るとあちらこちらに明かりが点き、通りは心配そうに家から出てきた人たちで溢れている。
「なんだ?」
「凄い音だったわよね~」
「どうした?」
「お宅、揺れなかった?」
聞こえてくる会話の断片。誰も詳しい事はわかっていないらしい。耳を傾けていると、ダットが屋根から下りてきた。
「支度しなくていいのか?」
「さっきの音は何だ?」
「多分、あのバカの所からだ」
ダットの言葉にエレイドはあわてて用意をする。ダットが肩に飛び乗ると、エレイドは階段を駆け下り、道へと飛び出した。
「おっと」
「すいません」
人にぶつかりそうになりながら、間をすり抜けていく。
「おいっダット。何があった」
「さあな。音が聞こえる前に、光が見えた。魔力の波動も少しだが、感じた。それにしても、あの規模の爆発とはな…あのバカにしては珍しい」
少し考え込むダットを横目に、エレイドは大通りを右に曲がった。突き当りを左に曲がれば、ジェシカの家だ。
「まあ、本人に聞くのが一番早いだろうな」
ジェシカの家の前に着くと、そこは案の定、人だかりが出来ていた。野次馬たちを警備兵が押し戻そうとしている。
「はあ。やっぱり野次馬だらけか…」
突然ダットが飛び降りると、逆方向に走っていってしまった。
「おい、ダット!」
すぐに姿が見えなくなってしまう。
「はあ。しょうがないな…」
ダットの事はあきらめて、エレイドは人ごみの中に入っていく。人を掻き分け、どうにか先頭にたどり着くと、ダットがいなくなったわけもすぐにわかった。ジェシカの家の壁には大きな穴があき、近くの塀は少し崩れている。そしてその前に一人の男が立っていた。
「おいっ野次馬は帰れ!」
警備兵に押されながら、見知った人物に声を掛ける。
「カイルさん」
「おい、お前!」
「カイルさん!!」
ようやく気付いてくれたのか、法衣を着た男性が振り返った。彼の名前はカイル。ジェシカの上司。研究室の室長をしていて、王国魔術師のリーダーでもある。ダットは何故かこの男が苦手らしく、彼の前には姿をあらわそうとしない。彼はエレイドの顔を見ると、呆れたように首を振った。
「その人は通してあげなさい」
「はっ」
エレイドが通されると、カイルは困ったようにため息をついた。
「やっぱりあなたですか、エレイドさん。あなたも、ジェシカも、いつもいつも、厄介事ばかり…」
「ジェシカは?ジェシカは大丈夫ですか?」
「彼女なら中で、ボぉーっとしていますよ。着いてきてください」
中に入ると、状況は外より悲惨だった。昼間来た時の様子とは比べ物にはならない。棚は倒れ、書物は散乱し、机が壊れている。そんな中、階段の脇にジェシカが一人で座っていた。
「ジェシカ、大丈夫か」
エレイドが声を掛けると、ジェシカは駆け寄ってきて、ポカポカとエレイドを叩き始める。
「全然、大丈夫じゃありませ~ん!」
「おっと、おちつけって。『お前』は大丈夫なのか?」
「だから、大丈夫じゃありませんって!」
「怪我したのか?」
ジェシカは叩くのをやめると、自分の服の裾をつかんだ。
「服が少し…焦げました~」
エレイドはほっと息をついた。
「とっさに防御壁でも張ったのでしょう。でもあの規模の爆発で、服が焦げるぐらいですむとは、さすがですが…」
ため息がちにカイルはジェシカを誉めた。続く言葉に身構えるように、ジェシカは小さくなっている。
「お二人には聞きたいことも、聞きたくないことも、たくさんあるのですが…それはまず後回しにしましょう。ジェシカ、あなたの休暇はいつまでですか?」
「…明後日…というか、もう明日ですね。時間的に…」
「じゃあ三日。三日、あなたの休暇を伸ばします。その間にこの厄介事を片付けてください」
「でっでも、私が休んでも大丈夫なんですか?発表も、もうすぐですし」
「しょうがないです。私は発表より、あなたたちの厄介事を野ざらしにしておくほうが怖いので…。発表のほうはナークに頼んで、彼の休暇を少し先に延ばしてもらいましょう。だから必ず三日内にこの厄介事は片付けるように。言い訳も報告も後から聞きます。エレイドさんもいいですね?」
「はっはい」
エレイドは慌てて返事をする。カイルは普段は物静かな男だが、怒らせると怖い。
「ここは私が片付けますから、今晩はギルドのほうでお世話になってください。いいですね?」
有無を言わさず、家から追い出されたジェシカとエレイドの行動について語る前に、王都ドレイクのギルドについて説明しておこう。ここ王都では、ギルドの証である、双頭の鷲の看板が掛かっている場所が三箇所ある。中央区のギルド本部、東区の宿屋『鷲の爪』、そして西区の宿屋『獅子の咆哮』。中央区にあるギルドは名前の通り、ギルドの本部。国全体のギルドに関する情報が集まってくる。新しく冒険者になりたい場合、本部で試験を受け、受かった場合のみ冒険者として登録される。東区と西区にあるギルドは、他の町にもあるギルドのように宿屋と兼業のギルド。表向きは普通の宿屋だが、実際は両方とも、多数の冒険者が滞在する、冒険者の宿となっている。エレイド達も、王都にいる間『鷲の爪』を拠点に行動している。そしてカイルに追い出されたエレイド達が、最終的に落ち着いたのも『鷲の爪』、正確に言えば、エレイドとダットが寝起きしている隣の部屋だった。
空気を入れ替えていると、ダットが窓から入ってきた。
「お帰り、ダット」
「ダットさん、どうして室長を避けるのですか~?怒ると怖いですけど、やさしい人ですよ~?」
「ふん。あの男の全てが嫌いなだけだ」
「そんなの…」
ダットの機嫌がもっと悪くなる前に、エレイドは言い返したげなジェシカを遮った。
「それでジェシカ、今晩一体何が起きたんだ?」
一瞬ジェシカは不満そうに口を尖らせたが、ゆっくりと話し始めた。
「エレイドさん達が帰ってから早速作業をしようと思って、準備をし始めたんですよ。実際作業をし始めたのが、だいたい夕方。術式を解くのは、問題なくいったんですが…」
「なるほど、術式と折れた部分の融合の時か…」
ダットが納得したように呟いた。
「融合は成功したんですが、その瞬間あの爆発ですぅ~」
「暴走したんだな。原因は何だ?術式でも間違えたか?」
ダットの言葉にジェシカは口を曲げる。
「私は間違えてはいません!推測ですが、もともと術式がずれていたんだと思いますぅ~。多分、あの術式を考案した人とかけた人も、別人じゃないんですか~?解いてみてわかったんですが、術式は丁寧に作ってあるのに、掛け方がちょっと乱暴でした。だからあんな所で折れちゃったんじゃないですか~?」
ダットは考え込むかのように目を細める。
「今度は噛み合いすぎて、暴走か…?魔力が必要以上に定着してしまった可能性もある。ずいぶんと厄介だな…」
「ですよね~」
頬杖をつきながら二人の話を聞いていたエレイドは、不機嫌そうにうなった。
「二人で納得してないで、俺にもわかるように説明してくれ」
「あっすいません。あっそうだ。説明にはこれを使いましょう」
ジェシカは飲んでいたグラスを空けると、テーブルの真ん中に置いた。
「これが、エレイドさんが普段使っている剣だと思ってください。エレイドさんの剣は魔術武器ではないので、魔力はないですよね?この空のグラスと同じです」
ジェシカは瓶を手に取ると、グラスにゆっくりと水をつぐ。七文目ぐらいまで注ぐと、瓶を置いた。
「これが通常の魔術武器の状態です。魔力は満タンではありません。まだ余裕のある状態です」
「どうしてだ?満タンのほうが武器の威力があがるんじゃないのか?」
エレイドが疑問を口にすると、今度はダットが説明を続けた。
「理論上はな。実際、最初の頃はそうやって作られていた。だが、そんな武器を使いこなせるような奴がいなかったんだ。使い手が武器を使うのではなく、武器が使い手を振り回した。俗にいう、呪いの武器ってやつさ」
「だからこういう余裕のある状態にしたんです。足りない部分は使い手が補えば、武器は十分応えてくれます。使い手の能力にあった使い方ができるようになったんです」
「なるほど。けど今回の事と、どうつながるんだ?」
「さっき、術式がずれていた、と言いましたよね?つまりはこういう事です」
ジェシカが触ると、グラスが不恰好にゆがみ始めた。
「歪んでいたという事か?」
「ええ。こういう形だと、どうしても弱い部分も出てきてしまいます。だから折れてしまったんです~。けど材質は凄くいいものなので、かなりの魔力が馴染んでしまっていたんです。私でも融合の時まで気付けませんでした~」
気付けなかった事に気落ちしているのか、ジェシカの表情が曇る。
「つまり?」
ジェシカがもう一度グラスに触ると、グラスは見る見るうちに元の形に戻っていく。
「私が術式を掛けなおした事で、歪みも直りました~。それだけだったらよかったんですが、注ぎ足してしまったんです。空だと勘違いしたまま」
ジェシカはそう言いながら、水をグラスに注ぎ足していく。水はどんどん増え、ふちまで達し、そして溢れた。
「なるほど。今晩の爆発は溢れた時に、起こったものなんだな?」
「あたりです~」
「だが厄介なのが、ここからだ」
「どういうことだ、ダット?」
「つまりですね~。あの剣は爆発の時、見失ってしまいました~。でも状況は今とあまり変わっていないと思ってもいいと思います~」
「水が溢れるか、溢れないかギリギリの状態だ」と、ダットが付け加える。
するとジェシカはいきなり机を叩いた。グラスが揺れ、水が零れる。
「少しは安定しているはずですが…こんな感じに、いつ、どこで、何がきっかけでまた爆発するか、わかりません~もし、あの剣がこの王都のどこかに…」
エレイドは冷たいものが背筋を走るのを感じた。
「確かにそれは、厄介だ…」
「どうしましょう~エレイドさん~?」
エレイドは前髪を掻き揚げる。考えるときの癖だ。そして立ち上がる。
「俺はギルドを周って情報を集めてくれるよう、頼んでくる。作戦会議はその後だ。お前は俺が戻るまで、少し休め」
「えっでも~」
「疲れていては、いい考えも浮かんでこないだろう?」
「わかりました~」
そう言ってエレイドは後ろ手で扉を閉めると、廊下に出た。そして深くため息をつく。
「長くなりそうだな」
そんなエレイドの言葉に、ダットはまるで面白がるかのように目を細めた。