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炎の魔剣  作者: 来夏竜
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第一章 魔術師ジェシカ


扉をノックしようと腕を降りげた瞬間、中から悲鳴が聞こえてきた。それに続く何かが割れるような音や何かが床に落ちるような音。

「落ちたな」

「ああ」

肩に座る黒猫、ダットのもっともすぎる一言にエレイドは苦笑しながら、振り上げた腕をそのまま下ろし、ドアノブに手をやった。ノックをしても今の状態では、あいつは気付かないだろう。

 中に入るといろいろな物が目に、そして鼻につく。窓際には薬草が干してある。壁の棚には薬品の瓶がギッシリとならび、部屋の中央を陣取っている机の上には書物が山積みにされている。そして二階へ続く階段の辺、もっと正確に言えば、埃がたっている中心に、ここの住人が座り込んでいた。

「眼鏡、眼鏡はどこですか~?」

「バカだ」

手探りで眼鏡を探している彼女に呆れたのか、ダットは青年の肩から飛び降りると、落ちていた眼鏡をくわえ、彼女の手の上に置いた。彼女は眼鏡を受け取り、満面の笑みでダットを抱きしめようとする。

「あっダットさん。ありがとうございます」

ダットはあわてて彼女の腕をすり抜けると、しゃがみこんでいたエレイドの背中を駆け上る。

「おっと」

バランスを崩しそうになるエレイドと目が合った彼女は、ゆっくりと眼鏡をずり上げる。

「あ、エレイドさんもいらしていたんですか~?」

きょとんとした顔をする彼女を見ながら、エレイドは苦笑する。

「お前な…」

この女性はジェシカ。とろく見えて、実際とろい。でもこう見えて、王国魔術師の一人というから嫌気がさす。

「相変わらずのど近眼だな。お得意の魔術で直さないのか?」

「だって~。失敗したら怖いじゃないですか~」

「この王国魔術師が、何を言う」

と、エレイドは彼女のおでこをつつく。ジェシカは大げさに避けようとして、しりもちをついた。エレイドは笑いながら立ち上がると、手を差し出す。

「ありがとうございます」

ジェシカは立ち上がると、服の埃を払った。

「エレイドさん達、何かご用ですか~?」

「用がなければ、こんな所には来ない」

と、ダットがすかさず口を曲げる。

「ひどいです、ダットさん~」

「まあまあ。用があるのは確かなんだから」

エレイドは二人をなだめる。

「そうですか~。だったら奥で待っていてください。折角なので、お茶でも入れますね」

と、動き出そうとするジェシカ。が、床においてあった箱につまづき小さな悲鳴を上げる。次は机の角に服の裾を引っ掛け…

「大丈夫か…」

心配そうに見守るエレイドを横目に、ダットは一言面倒そうに呟いた。

「ほっとけ」


「あんなにガチャガチャやっていて、よくこんなうまい紅茶がいれられるな」

エレイドは正直な感想を陳べながら、カップを口元に運ぶ。横目で見ると、ダットも満足そうに少しさめた紅茶を小皿から飲んでいる。

「ありがとうございます。薬草学は専門ではないのですが、お茶は昔から好きで~。研究室の方でも評判はいいんですよ」

ジェシカは少し照れたように、頬を赤らめた。

「それにしてもよく私が家にいると、わかりましたね~。この時間は研究室にいることが多いのに」

「その研究室に行ってきたからな。カイルさんにお前が休暇を貰ったと聞いたから、こっちへ来てみた訳だ」

「そうでしたか~。それで用件というのは?」

「実は見てもらいたいものがあってな...」

エレイドは荷物から包みを取り出し、解いていく。

「壊れた剣ですか~?いやですよ、武器の修理は。ダンさんの所にでも行ってくださいよ」

中身が見えた途端、ジェシカが嫌そうな顔をする。中身は二本に折れた剣。剣身の真ん中辺りで折れている。

「お前の目は節穴か?よく見ろ」

「えっ?じゃあ、エレイドさん、ちょっといいですか?」

「ああ」

ダットが不機嫌そうに口を挟む。彼の反応に興味を持ったのか、ジェシカは折れた剣を丹念に調べ始める。刃をそっと持ち上げたり、柄をひっくり返したり。そして満足したのか、ジェシカはそっと剣を元の場所へ戻した。

「なるほど、だから私の所に来たんですね?これ、どこで手に入れたのですか?」

「この前ジスタルまで行ってきたんだ。その帰りによった古道具屋で見つけたんだけど…やっぱりダットの言っていた通り、これって魔剣なのか?」

「正式名称は『魔術武器』ですけどね。ジスタルですか…ちょっと待ってください」

そう言ってジェシカは後ろの本棚から分厚い一冊手に取ると、パラパラとページをめくりだす。

「ジスタル…ジスタル。あ、あった。やっぱり、そうだ」

「一人で納得していないで、教えてくれないか?」

「あっすみません」

本を机に置く。そのページは地図だった。

「えっと、ジスタルの辺りに遺跡が多い事は知ってます~?」

「ああ。今回の仕事も遺跡関係だったしな」

地図を指差しながら、ジェシカは説明していく。

「ここにカスタリア宮殿跡、こっちはジスタル神殿跡、そこはソール遺跡…と大きなところを挙げるだけでも、七箇所です。大体が五百年ぐらい前に栄えた、ナルガ文明の物です」

今度は折れた剣の柄を手に取ると、エレイドに渡した。

「消えかかっていて、ちょっと見にくいのですが、ここに文字が彫ってあるのがわかります?」

エレイドは数度見る角度を変えると、ようやくそこに文字が彫ってあることがわかった。

「それはナルガ文字だ。今の魔術文字のもとにもなっている」

「私が説明しようと思ったのに~」

不服そうなジェシカは気にせず、ダットは大きくあくびをすると丸くなった。

「まあダットさんの言うとおりです。この剣からは魔力はほとんど感じられませんが、ナルガ文字、それに材質からして魔術武器の可能性は高いです。剣のことは良くわかりませんが、剣としても良いものなんではないですか?手に入れたところもジスタルと、場所も場所ですし」

「直せそうか?」

「まあ、術式を一回解いて、折れた部分と融合しなおす…って感じですか?出来ない事はないですが、時間、かかりますよ?」

「別に構わないさ。当分は王都にいる」

「じゃなくて~。『私』が『休暇』を『エレイドさん』のために使うんですよ~?」

「わかった、わかった。何が欲しいんだ?それとも何かに付き合えと?」

「当たりです~。今度カインドで薬草市があるので、そこに付き合ってください。もちろんエレイドさんのおごりで」

と満面の笑顔。この女、とろそうに見えて、実際とろい。でもこういう事だけはなかなか計算高いから始末が悪い。

「わかった。付き合う。付き合うから、直してくれるな?」

「わかりました。これはお預かりしますね」

「ダット、帰るぞ」

答えが帰ってこないので見ると、ダットは眠り込んでいる。

「しょうがないな」

ため息をつきながらエレイドはダットをそっと抱えあげる。そしてジェシカに別れを告げると、家を後にした。けれど約十二時間後、エレイド達を含む王都ドレイク東地区の住民たちが、まさか爆発音で寝床から追い出される事になろうとは、エレイド達はその時、思ってもいなかった。



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