摂氏+112.7度
二足歩行ロボットは惑星を探索し続けていた。
目的は、すでにメモリの断片にも残っていない。
ただ、この星のすべてを踏破するよう、かつて命じられた。それだけが稼働の理由だった。
赤褐色の砂、崩れた岩層、風速二十五メートルの乾いた空気。
ロボットは、足裏の圧力センサーと風向計の数値を照合しながら、砂粒の成分比を記録していく。
かつての記録には、地下に僅かな水分の痕跡があった。
いまは、それすら消えた。
それでも機体は止まらなかった。
この惑星はあまりにも広い。
だが、プログラムに「探索の終わり」は、存在しない。
──あるとき。
ロボットは、かつて計測したことのない“熱”を検知した。
外気温との差、摂氏+112.7度。
不規則に、周期0.9秒で脈動している。
機械的なエネルギー反応ではない。
予測不能な揺らぎ。
「演算不能」「未知数」「非再現性」
思考回路が次々に異常を通知する。
宇宙原則に反する挙動。
未来予測、不能。危険、危険、危険。
警告音が止まらない。
機体は、風の中で震えていた。
それでも、“熱”から、目を逸らせなかった。
ブチッ。
ロボットは自らの手で警報装置を破壊した。
静寂。
内部電流が一瞬、跳ねた。
ロボットは、微かに鼓動する有機物を慎重に持ち上げた。
それは、風よりも、記録よりも、温かかった。
その“熱”は、微かに減衰していく。
……対処、必要。
ロボットは、過去のデータを検索した。
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修復手順:水分供給
ロボットは振り返った。
砂の海の向こう、水分を検知した地点までの距離は1,287キロメートル。
到達時間……
有機物の予測……
探索 = 稼働
稼働 ≠ 生存
──数値は無意味だと、演算回路の値を破棄した。
そして、ロボットは探索をやめた。




