第9話 騎士団長エドワルドは、女剣士の実力が知りたい。
二人が来てから、一ヶ月ほどたったか。アリストラは、早くも城に馴染んだらしい。
「昨日は、エルネン殿下とお茶をしていたよ。」
持ち前の愛嬌と人懐っこさで、王子を含む城の人間は、その若い魔法使いに心を許した。
「いや、馴れ馴れしいとはっきり言ってやってください。あいつを律するために私がいるのです。」
リリアーナは、ゼーゼーと息の上がったまま言った。青白い顔で片膝をつく彼女の背中を、リーバンスがさすっている。
こちらは今日も訓練だ。若者の成長は素晴らしい。この女剣士は、体力自慢の友人と先頭を走るようになった。
「噂をすれば。」
城の方から、大小二つの人影がこちらに向かって歩いてきた。大きい方が、ぶんぶんと大きく手を振っている。
「団長、礼儀とマナーはどうなったんですか。リーバンス、騎士道精神をあいつにも分けてやってください。」
訓練場に顔を出したのは、エルネン王子とアリストラだった。
「バルト卿は顔色が悪いけど、大丈夫なの。」
王子はコソッと耳打ちしたが、それは聞こえてしまったらしい。
「お見苦しい姿を晒して、申し訳ありません。」
リリアーナは項垂れた。エルネンと会うのは、あの日以来なはずだ。
「いや、具合でも悪いのかと思って。」
膝をついた姿を見られたのが情けなかったようだ。落ち込む女騎士に、王子はオロオロする。
「毒を飲んでも槍で刺されても、こいつは死にません。心配はいりませんよ。」
アリストラは、やれやれと首を横に振った。
「挽回するチャンスをいただきたいのですが。」
リリアーナは、アリストラを睨みつけた。
「それは、丁度いいな。エルネン王子も、二人の実力を拝見したいといらっしゃったのでしょう。」
リリアーナは、本気で剣を振らなかった。訓練を甘く見てるわけではなく、その姿を人目に晒さないよう言われているのだという。
「いや、様子を見に来ただけだったんだけど。」
王子は困った顔をしているが、実力を見るチャンスだ。いい火種になってくれた。
「では、ぜひ腕前もご覧いただきたいです。」
女剣士は、腰に二つ下げている剣の、大きい方に手をかけた。
なんだなんだと騎士たちが遠巻きに見ている。
リリアーナは少しすると冷静になったのか、しまったという顔をした。しかしもう、後にも引けない。
「私は戦場におりましたので、乱戦が好みです。」
「うちの騎士団を馬鹿にしているのか。」
周りの視線に耐えられず、ソワソワしている。早くこの場を終わらせたいだけらしい。
「よし。バルト卿から一本取れたら、今日の訓練は終了でいいぞ。」
パンパンと手を叩くと、ゾロゾロと屈強な騎士たちが集まる。
好戦的な騎士たちは、訓練の終了よりもリリアーナの実力に興味を持ったようだった。
「いいぞ、かかれ。」
銀髪の剣士は、二本さしているうち、短剣の方に手をかけ、まず一番近くにいたリーバンスに向かって素早く走り出した。
若い騎士は、剣をまっすぐに振り下ろす。
リリアーナは、躊躇なく体を下に入り込ませ、剣の鍔を狙って剣を振り上げた。
短剣についた青い飾り布が、剣の軌道を追い、丸く円を描く——
リーバンスは、剣ごと後ろに吹き飛ばされた。細身な体からは想像できない力強さだ。
その場にいたのは、二十人ほどだった。銀髪の剣士は、スルスルと攻撃をかわしながら、隙を見て、騎士の剣を跳ね飛ばしていった。
——カァァン、キィンッ、カァンッ
青い飾り布がヒラヒラと、リリアーナの跡を追う。動きは滑らかで、フワフワと、それはまるで踊りを踊るようだ——
騎士たちは全員、武器を失った。
隠していたのは、その実力か。小娘姿とのギャップも、油断させる武器なのだろう。
「後は、団長ですね。」
彼女は息の上がったまま言った。相変わらず体力がネックか。いや、この実力だ。短時間で片をつける戦闘スタイルなのだろう。
「今日は遠慮しておくよ。」
人の懐に入り込み情報を集める魔法使いと、奇襲特化の剣士。大陸の西で起きた戦争は、司令塔が次々と失踪し大混乱に陥った。
(手元にいる方が、安心だろう。)
「アリストラも、こんなに強いのかい?」
エルネンは、二人の実力が気になるようだった。
「いやあ……。」
魔法使いは王子のキラキラした期待の眼差しに負け、しぶしぶ懐から短剣を取り出した。




