第9話 隣国の王子カインは、夜空を見上げる
その女騎士は、すでに囲まれ、数人から同時にダンスの申し出を受けていた。
「レディ、私と踊っていただけますか。」
出遅れたが、手を差し出すと、困った顔がパッと明るくなった。
「喜んで。」
着飾った姿は別人のように思えたが、ギュッと強く握られた手は、紛れもなく彼女の手だった。
「助かりましたよ、カイン王子。」
二人は色とりどりの、花たちの中だ。
タッカタッカとステップに合わせて、リリアーナの大ぶりなイヤリングが揺れた。
「俺もだよ、リリア。王女にはフラれてしまったから。見ただろう、あの仏頂面。」
「王女様は、誰にでもあの調子です。」
しかし、そうは思えない。王女アルビラは、なぜかアリストラの手を取り、ダンスを踊っていた。
「お前たち、この国で一体何をしているんだ?」
女騎士は手を離し、クルッと一回転して見せた。赤いドレスが波のように揺れ、広がる。
その手を掴み、再び引き寄せた。
まさかこんなところで会うとは思わなかった。暗殺か、スパイか。敵なんだか、味方なんだか。
「あれ、テオール殿下から聞いてませんか。」
聞いているとも。まさかこの二人のことだとは。
戦場だ。矢が降り注ぐ中、第一王子は、城に残した弟の心配をしていた。最近その周りを、怪しい護衛が彷徨いているのだと言う。
「……気に入らないな。」
「エルネン様のことですか。美しい方でしょう。」
兄王子とは似ても似つかない。張り付いた笑み、隠した本性。穏やかなのは、卑怯者の仮面ではないのか。
彼女はおっとっと、と、テンポを崩す。
「さっきから、俺の足をそんなに踏みたいのか。」
「踏みたくないから、こんなに不恰好なのですよ。ああっ。」
とうとう、足を捻り崩れ落ちそうになった。腰に当てていた手で受け止め、そのまま抱き抱えるようにして、ホールを離れた。
しなやかで、鍛え上げられた体つき、なんだか。
「大きくなったな。」
「私にしか、言わないでくださいね。そんなこと。」
顔を手で覆う彼女を、バルコニーに下ろした。人はおらず、扉を閉めると、音楽も、騒めきも、遮断された。
月明かりの下、二人きりだ。
「リーバンスには、会いましたか。昨日、夜通しダンスを教えてもらって。」
リリアーナは、靴を脱いで手すりにもたれかかり、フーッと息を吐き出した。
「実は、最初と最後の曲しか練習していないのです。私には、リズム感がないそうで。」
「心配するな、騎士には必要ないさ。……騎士に、なりたかったのか。ステラの傭兵団はどうするんだ。」
彼女はそれには答えず、吸い寄せられるように、夜空を見上げた。
「この国には、いつまでいるんだ。騎士になりたいのなら……。」
自分の国でも、構わないのではないか。このまま、連れ帰ってしまいたかった。今も、あの時も。
月明かりを浴びた彼女の横顔は、二年前よりも大人びていて——
「それが、騎士になりたいわけではなくて。そばであの方をお守りするために、騎士の方が、都合がいいというわけです。」
その瞳はもう、自分の方を向いてはいなかった。
「……そうか。」
ガチャガチャと音がして、扉が開く。
「聞きましたかエルネン様、感動したのでは。」
「いや、なにも聞こえなかったよ。なに?」
「カイン王子、テオール殿下が探してましたよ。」
ガヤガヤと、騒がしく入ってきたのは、エルネンと、アリストラと、リーバンスだ。
「アリス、どうしてここがわかったんだ。」
「王女様はどうしたの。」
三人は、終わらない挨拶とダンスの誘いから逃げてきたらしい。ふぃーっと空を仰ぎ、息を吐いた。
「王子殿下。俺の耳が、犬よりもいいことを忘れたのですか。」
アルビラ王女は、大好きな兄、テオールと至福の時間を過ごしている。
「テオール殿下に睨まれてたよな。」
「また殴られるかと思いましたよ。……カイン王子。もしかして、おじゃましてしまいましたか。」
全部、聞いていたくせに。
「いや、いいんだ。」
魔法使いに、バシバシと、背中を叩かれ笑い飛ばされる。相変わらず、察しのいい男だった。
「エルネン王子。ドラゴンを、探しているんだそうですね。」
俺から。ドラゴンを斬った男から、聞きたいことがあるはずだ。
第二王子は、ジッとこちらを見た。
わずかな光も集める碧眼。サラサラ揺れる金髪、困ったような、影のある表情。
こういうのが、いいのだろうか。




