第7話 第二王子エルネンは、赤髪の騎士を忘れられない
——ザクッ
まるで、青空を仰ぐように倒れた第一王子の、顔の横だ。地面に、剣が突き刺さった。
「申し訳ありません。もう、訳がわからなくなってしまって。……疲れた。」
ハアハアと、整えられない息遣いと共に、掠れた謝罪の言葉。
——カッ…シャン……
馬乗りになっていた騎士は、テオールの横に倒れ込んだ。
「お前、騎士ではないんだろう。……強いな、参ったよ。」
王子は身を起こし、手を差し伸べた。
「……どうも。」
騎士はその手をノロノロと取って、なんとか立ち上がった。
闘技場は、揺れるような歓声が空まで登る——
その騎士は、テオールに支えられるようにして、ヨロヨロとなんとか表彰台に登った。
二人は冑を外して、第二王子エルネンと、王女アルビラの前に跪いた。
エルネンは、勝者に声をかけた。
「優勝、おめでとうございます。」
銀髪の女剣士は、おそるおそる、上目遣いでこちらを見た。
「……こんなところで何をやっているんだよ。リリー。」
エドワルドに、頼まれたのか、何か吹き込まれたに違いない。彼女はササっと目を逸らした。
なんだか嬉しそうでもない姿に、思わず吹き出してしまった。だめだ。笑いが、止まらない。
「……テオールを支持する僕に、手を貸してくれって、言ったのに。」
(まったく、何を考えているのだろう。)
次は、王女からティアラの贈呈だ。今年は、花冠を模した、かわいらしいデザインだ。
その手は、震えていた。
「今年も、お兄様が優勝するはずだったのに。私のせいだわ。」
アルビラは、ギュッと口を結んで、顔が赤くなっていた。頬を、ツゥーッと涙が伝う。
リリアーナは、オロオロと僕を見上げた。僕はまだ、笑いが止まらなくって。
困ったのか、テオールの方を見たようだが、兄も、オロオロと顔を見合わせて。
闘技場は、温かい拍手に包まれて——
なんとか笑いを堪えて、言った。
「優勝者に、褒美を与えよう。」
これが今日の、僕の役目だった。
(地位、名誉、金。彼女は、何を望むのだろう?)
リリアーナは少し気まずそうなまま、ソッと僕に近づき耳元で言った。
「ではここに来るたびに、イリヤよりも、私のことを先に思い出して。」
暖かい風と共に、ブワッと舞い上がった銀髪が、何故か、僕の目には赤い癖毛に映る——
幻覚だ——
***
「今年も余裕でしたよ。受け取ってください。」
赤毛の女騎士はフフンと鼻を鳴らして、胸を張った。手先で金のティアラをクルクルと回している。
これで何度目だったか。連続優勝だった。
喧嘩殺法でボコボコにされた騎士たちは、うらめしそうにこちらを見ている。王国騎士団の礼儀正しい剣術では、太刀打ちできなかった。
ワハハと大きく口を開けて豪快に笑う彼女が、格好良くて、誇らしかった。
「いつか、私にもティアラをくださいね。」
それは、冗談だったのだろうか。もう、聞くことはできない。
僕は本気にして、あの時から剣術を磨き続けていた。
(いつかなんて言うから、いつまでもそばにいるのだと、思ってしまったじゃないか——)
***
涙は出ない。
いつまでも、彼女との思い出に浸っていたかったけれど、緊張で顔が強張る友人が心配で、現実に引き戻される——
リリアーナは一歩下がり、改めて跪いた。スゥーッと、息を吸う音が聞こえた。
「それでは、二人の王子様と、王女様。私に、あなた方を守る騎士としての役割を、いただけますでしょうか。」
ハキハキとした声のせいで、周りからは堂々としているように見えただろう。パチパチと、まばたきが不自然に多いのは、不安な時の癖だった。
目が合うと、ホッとしたのかはにかんだ。その顔を、忘れないよう目に焼き付けた。
——ドォン、ドォォーン
空に、大きな花火が打ち上がった。ステラが見に来ているらしい。
闘技場は、再び温かい拍手に包まれた。




