第5話 その騎士は、少し照れ屋
カイン王子は、その漆黒の冑を脱いだ。
北国で雪焼けした、健康的な赤黒い肌。黒髪から覗く、光を放つかのように明るい、黄色の瞳。
半分に折れた剣をジッと眺めた後、白い歯を見せ、笑って言った。
「誘い込まれたのは、俺の方だったのか。……完敗だよ。」
対する騎士は、膝に手をつき、息も絶え絶え。やっと一言、絞り出した。
「…………どうも。」
隣国の王子様は、大会の剣が脆く作られていることなど、知らなかっただろう。
しかし、それも作戦だ。
騎士は、鎧の重さにすら負けそうになりながら、ヨロヨロ、二、三歩フラついた。
「おい、大丈夫か。」
敗者の王子は、心配そうに騎士に駆け寄った。
***
エルネンは、その様子を見て言った。
「このまま決勝戦は、あの騎士に不利じゃないか。」
テオールには優勝して欲しい。この大会、この祭を、第一王子の存在感を示すものとして準備してきた。
しかしそれは、公平な勝負のもとでこそ光る。
それが聞こえる距離ではなかったが、騎士は駆け寄るカイン王子とこちらを、手で制した。どうやら、このままやるつもりらしい。
——カツン、カツン。カツン。
「舐められたものだな。」
第一王子テオールは、兜を片手に、後ろから現れた。
騎士のそれは、問題ないという意味か、遠慮をしたのかははわからなかったが、兄は、休むまでもないという挑発ととったようだ。
浮かべた笑みは、なんだか嬉しそうだ。
「お気をつけて。」
「ご武運を。」
僕とアルビラは、短く声をかけて見送った。戦争に送り出したあの時と、同じように。
周りにいた騎士達も、応援の声をかけた。テオールはそれを、後ろに手を振って応えた。
吹き込む風に、赤いマントが靡く——
闘場に現れた英雄を、大きな歓声が包んだ。
「今年もきっと、お兄様の優勝ね。」
妹は言った。風貌が似ているせいで、双子と称される僕たちだ。きっと、同じことを思っているに違いない。
不遇の王子は勝利を手にし、この国の王となるだろう。
それは、予感か、神の啓示か。彼を中心に、この世界が回っている感覚。
既に血に塗れた王位継承戦だ。この先は、兄を王とするため僕は犠牲となり、妹は戦いに敗れるだろう。
「本当に、似ていますね。」
アリストラが、唐突に呟いた。それは、言われ慣れていることだったから。
「……それは。」
「エルネン様と王女様もそうですけど、テオール王子とも。やっぱり、血が繋がっているんだなあ。」
失礼でしたか?と、おそるおそる聞かれる。
「……いいや。」
——ドォォォン、ドォォォン
今日、最後のドラが、闘技場に響いた。
剣を構える王子と、騎士は、未だ呼吸を整えているように見える。
アルビラは、どうしてかしらね。と、呟いた。わがままで、自分勝手な姫様だ。困ったように笑う表情は、彼女には、似合わない。
「私ね、お兄様を応援しているの。」
この道の先が、破滅だと分かっていても、進まざるを得ない。たとえ、自分が悪役でも。
にも関わらず、主役を応援したくなる——
(それは、血が繋がっているからだろうか?)
——キィィン、キィン。
初めの攻撃を、テオールはいとも容易くはじき返した。タジタジと、騎士は押されていく。
アリストラは、それを見て言った。
「かっこいいですね、テオール王子。」
「……そうだろう。自慢の兄だから。」
「お兄様は、世界一かっこいいのよ。」
性悪な妹と意見が合うことなど、滅多にない。しかし、確かに繋がっている感覚。血の繋がりではなくて。
この物語に、王子テオールの物語に、引き動かされている感覚。




