第4話 その騎士は、少しあがり症
闘技場はその一瞬、この世に誰も存在しなくなったかのような静寂に包まれた。
騎士は、フーッと長く息を吐いた。
次の相手は、北国最強の剣士。負け知らずの、隣国の王子様だ。漆黒の鎧は、剣を斜め下に構えたまま微動だにせず、獲物を待ち構えている。
白毛のマントが、まるでこちらを挑発するかのように、風で揺れた——
そこに向かって、走り出す。
ガチャン、ガチャ、ガチャ——
耳には、金属の擦れる音だけが響いた。
王子は間合いに入ったと見たか、剣を鋭く伸ばし、一歩こちらに踏み出した。
(今だ——)
その瞬間を、狙っていた。正面きって戦える相手だとは、はなから思っていない。
思いっきり体を倒し、地面を擦って、斜め後ろに滑り込んだ。冑で視界が狭い。マントの白と、空の青。
その白に、剣を突いた——
キィィン——
(……あらら。)
しっかり受けられた感覚。
慣れない鎧が重いのだ。自慢の素早さと瞬発力は、半減する。正直、この一発目の奇襲にかけていた。
王子は身を捻って受けた剣を、弾き返した。
ザザザザ——
すごい力だ。なんとか地面にへばりついた。三歩ほど後ろに押され、また、綺麗に下ろされた剣を、受ける。
ザザザザザザ——
(さっきから、地面を擦ってばっかりだな。)
どんどん、闘場の奥に押される。また、同じように振られた剣を、踏ん張って、受け返す。
ザザッ——
単調な攻撃、構える隙を与える余地すら感じる。
黒い冑の向こうは、不敵に笑っている気がした。王子様は、力比べがご所望らしい。
……ならば、受けて立とうではないか。
地面を蹴る。歯を食いしばる。体を伸ばして、剣をめちゃくちゃに振りかぶる。勢いと、全体重をかけて、飛びかかるような一撃。
カァーン——
感触は、岩を打ったようだ。全身にビリビリと衝撃が走る。黒い鎧は、びくともしていない。
王子がまた、構える。慌てて自分も振りかぶる。
カァァーン——
王子も、振りがぶりが大きくなってきた。まだまだ強く打てるのだろうか。全く、勘弁してほしい。
カァァン…。カァァーン……。
***
「王子の剣筋、美しいな。アリス。……アリス?」
エルネンは、隣にいる護衛に話しかけた。
「え?見てなかった。なんですか。」
カァーン…。カァァ——ン……。
続く打ち合い。盛り上がる歓声。揺れるような闘技場の響きを、二人は話に夢中で気が付かない。
騎士団長と若い騎士は、怪我の具合を見るためすでに下がった。ここにいるのは、僕と、僕の護衛の魔法使いと。
「なるほど、この二つを掛け合わせるのね。」
「なんでここにいるんだよ。アルビラ。」
「なんでって、優勝のティアラを贈呈するためよ。」
僕よりも、三ヶ月ほど後に生まれた腹違いの妹、王女アルビラだ。
自分勝手に、自由に。しかし、自分の役割を果たす気はあるらしい。闘場の入り口に現れた。
彼女は、魔法使いだ。僕の護衛である、魔女ステラの弟子に、興味津々だ。
「ジャンケンみたいなもので…、あいこの原理で打ち消しあって…。」
「へえ、なるほどね。」
パチパチと、目の前で魔法陣がついたり、消えたり、ついたり、消えたり……
「ちょっと、ここでやらないでくれないか。」
カァァーン。ガキィィ————ン。
先ほどと違う、鈍い音。
カイン王子は再び剣を構えて、動きを止めた。
剣先がない。
折れた剣身。それは、宙をクルクルと回って、彼らの足元にサクッと突き刺さった。
少しの沈黙。客席が、息を飲む。
黒い鎧の王子は冑をパッと脱いで、ヒラヒラと手を振った。
その瞬間、ワッと闘技場が沸いた。
「偶然かな。カイン王子は、いつものドラゴンの剣だったら、勝負は違ってたんじゃないか。」
興奮して、おもわず二人を見た。
「え?見てなかった。」
「あれ、どちらが勝ったのです?」
天まで吹き抜けるような拍手と歓声。ここにいる誰もが、感動を分かち合っているのに。
「正直、剣の良し悪しはよくわからなくて。」
「私も。」
(……リリー、どうしてこんな時にいないんだよ。)
ため息は、晴れ渡る空に吸い込まれた。
次は、昨年の優勝者との決勝戦だ。兄、テオールの、足音が聞こえた気がした。




