第3話 第二王子エルネンは、神聖な大会で賭けをしたい
第二王子エルネンは、温かい風を受け、目を細めた。
「人からあんなふうに言われたのは、初めてだったから。」
表現し難い感情だった。それを、まるで理解したかのようにエドワルドは言った。
「友人の母親というものは、そういうものなのです。」
我が子には厳しく、その友人のことは優しく見守ってくれるのだという。
アリストラは首を捻り、うーんと唸った。
「ステラが俺の母親役ってことですか。魔女ですからね、エルネン様。騙されないで。」
闘技場は、揺れるような熱気に包まれている。僕の呟いた言葉は、観客たちの歓声でかき消された。
「そうか。やさしい母親がいたら、あんな感じなのかと思って。」
——あああああああ
両隣から聞こえる絶叫。二人は頭を抱えていた。
「……リーバンス、正面からやられるなんて。」
「ウチの騎士団は、残り一人か……。」
闘場の中心にいるのは、倒れる騎士と、それに手を差し伸べる騎士。
剣術大会は準決勝を前にして、盛り上がりはピークを迎えていた。
敗者の出口だ。第一騎士団長エドワルドは、僕の席をここに用意した。それから、アリストラと三人で、大会の行方を眺めていた。
「ここが一番見やすいですからね。」
「エドワルド。僕は、居心地が悪いよ。」
敗戦の戦士たちが、傷を庇いながら歩いてくる。王子に挨拶をしないわけにはいかなかった。
「不甲斐ないです。負けてしまって。」
次に来たのは、リーバンスだった。ガチャガチャと鎧を鳴らし、冑を脇に抱え、片足を痛ましく引きずっていた。
その友人と騎士団長は、彼を温かく迎えた。
「情けないぞ、リーバンス。」
「大丈夫だ、誰もお前には期待してない。」
追い討ちをかけるような言葉に、若い騎士はズルズルと座り込んだ。
「……いや、見事だったよ。」
「……やさしいのは、王子様だけです。あれ、リリアーナは。」
アリストラが、やれやれと首を振って答えた。
「なんだよ、あいつに情けない姿を見られたかったのか?」
「いいや。それが、王子様に会ったんだよ。」
「王子様?」
その時、闘技場は割れんばかりの歓声に包まれた。
現れたのは、北国の王子様だ。明るい太陽の真下。その影のように濃い黒の甲冑、この暑さに合わない白い毛のマント。
「……あれは、トラッド王国のカイン王子か。」
この大会に出場しているとは、知らなかった。
此度、北の国境を守ったのは、第一王子テオールと、それに手を貸した隣国の王子だった。
二年前、この国の騎士団と共に、ドラゴンを討伐した英雄でもあった。
エドワルドは、しれっと言った。
「あれ、エルネン王子知らなかったのですか。下馬評では、なかなかの人気で。」
(下馬評って……。)
「団長。まさか、僕たちで賭けをしているのですか。この神聖な大会で。」
リーバンスは、信じられないと目を丸くしている。
「いや、お前には賭けてないよ。ちなみに、一番人気はテオール王子だ。」
「しかも自分の騎士団じゃないし。騎士の風上にも置けないなこの人。」
アリストラは興味があるのか、嬉しそうに会話に入る。
「それは、面白そうですね。俺たちも乗りましょう、エルネン様。俺の師匠は、賭け事が好きで——」
その台詞は、聞き覚えがあったが。
「賭け事も、修行の内だとよくおっしゃいました。物事を見極める力が高まるのだそうですよ。」
ウンウンと頷きながら言った。彼は、リリアーナと違って師匠を尊敬しているらしい。
その姿に、思わずハハッと吹き出した。
「いいね。負けた方が、勝者のいうことを一つ聞くというのはどう?」
(弟子たちには愛されているようだけど、一体どこにいるのだろう?)
その名は、オリビア・バインドラといった。ステラの後継者であり、血の繋がった実の娘であるという。
数年前から行方不明だった。どうやらこの国にいるようだから、見つけ出してくれないかというのが、最強の魔女からの頼み事であった。
歓声はだんだんと止み、静寂が耳を突いた。
闘場は、黒い鎧の王子と、騎士が対峙している。
アリストラはその静けさに、ポンッと質問を放り投げた。
「エルネン様は、テオール王子に賭けるのですか。」
「それはもちろん。兄よりも強い剣士には、会ったことがないよ。」
実力だけがその身を守った。王候補の生き残りだ。
「そうですか。俺も、カイン王子よりも優れた剣士には会ったことがありません。……ドラゴンを斬った男ですからね。」
騎士は、早々、走り出した。対する黒い鎧の王子は、ゆっくりと剣を構えた。




