第10話 第二王子エルネンは、赤髪の騎士の幻覚を見る
エルネンは、鎧の大男と剣を交えていた。
カァーン、カァンッ——
一人目を切り倒した後、リリアーナの助太刀に行こうとしていたところだった。馬の下敷きになっていた男が這い出し、襲ってきたのだ。
キィンッ、キィンッ——
なかなか力強くて、剣筋は悪くない。しかし、僕を子供だと侮っただろう。そういう油断が命取りになるのだ。
一歩、大きく踏み出し、首を狙う。
カァーン——
長剣も、一歩届かなかったか。浅かった突きは、兵士の冑を空に跳ね上げた。
(ああ、まずい。今はだめだ。)
その大男の、肩まである髪が現れ風に靡く。その赤髪に、目が奪われる——
(僕は、リリーを助けに行かなければならないのに。)
体が徐々に、重くなる。まるで、その場の空気が薄くなったように、呼吸が、息が苦しい。
「……イリヤ。」
幻覚だ——
赤髪の兵士は冑を飛ばされ怯んだが、動きの止まった相手に向かって、剣を振り上げた。
***
エルネンはその時、反射的に体が動いた。
斜め後ろから急に向かってきた剣を、偶然持っていた短剣で咄嗟にはらい、一歩踏み込み、突き刺した。
誰もいないと思っていた執務室。
見慣れた赤い髪の女が、膝から崩れ落ちた。
「……イリヤ、どうして。大丈夫か。」
自分で刺しておいて心配するなど、滑稽なことだ。感触で、彼女が助からないことはわかった。
「だめだ、だめだよ。僕を、置いていかないでくれ。」
なんで、どうしてなどは、その時は思わなかった。ただ、冷たくなっていくその手を温めようと、握りしめた。
女はパクパクと口を動かした。何かを呟いたのだが、それは思い出せない。表情も、泣いていたような気もするし、笑っていたような気もする。
「エルネン様、——。」
***
「——エルネン様。」
大男はそのまま、こちらに倒れてきた。斬られたのだ。後ろからリリアーナが現れる。
「エルネン様、何をボーッとしているのですか。無事ですか。怪我はないですか。顔色が、良くないですよ。」
走ってきたのだろう。息の上がったまま言った。
「うん。怪我もしてないし、大丈夫だよ。」
「じゃあ、どうして……。……赤髪の騎士か。」
苦手だとは言ったが、幻覚を見て動けなくなるとまでは説明してなかった。
彼女は倒れた兵士を見下ろし、神妙な顔で頬に伝う汗を拭った。その姿が、おかしくて。
「なんで、そんなものをもっているの。」
「え?」
短剣を持つ手とは逆の手に、花を雑に何本か持っていた。種類もバラバラだし、全力疾走に耐えられずヨレヨレだ。
「やっぱり君は、花が似合うね。」
やはり、どこか変わった女だ。剣の腕とは似合わず、少しとぼけたところがあって。声を上げて笑う僕を、不思議そうな顔で見た。
(不思議なのは、そっちだろう。)
リリアーナは、ソッと髪に刺した花を触って確認している。それはもう、萎れていたが。
「お花、ありがとうございました。」
「こちらこそ、助けてくれてありがとう。それは、お返しかい。」
(今度、もっとちゃんとしたものを贈ろう。)
「いいえ、似合うか確認したくて。水をかけてもいいですか。」
「花に。」
「いいえ、エルネン様に。」
「もしかして、怒ってる?」
「いいえ、そうではなくて。」
ゆるく吹いた風が、全身にかいた汗を冷やして気持ちがいい。もうすぐこの通りにも、騎士団がやってくるだろう。
二人は足早に、その場を後にした。
「リリー。君、短剣を早々に投げつけて、その後どうしたんだい。」
「鞘を持って応戦したんですよ。その兵士が、花と水を浴びて、それがけっこう良くて。」
「良くて……。何が……?」
(やっぱり、変わった子だなあ。)
彼女は萎れた花を振って走った。揺れる水色のワンピースが、銀髪によく似合っていた。
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