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ドラゴンを斬った女の初恋  作者: 9iyus
第三章 記憶と絆
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第10話 第二王子エルネンは、赤髪の騎士の幻覚を見る

 エルネンは、鎧の大男と剣を交えていた。


カァーン、カァンッ——


 一人目を切り倒した後、リリアーナの助太刀に行こうとしていたところだった。馬の下敷きになっていた男が這い出し、襲ってきたのだ。


キィンッ、キィンッ——


 なかなか力強くて、剣筋は悪くない。しかし、僕を子供だと侮っただろう。そういう油断が命取りになるのだ。


 一歩、大きく踏み出し、首を狙う。


カァーン——


 長剣も、一歩届かなかったか。浅かった突きは、兵士の冑を空に跳ね上げた。


(ああ、まずい。今はだめだ。)


 その大男の、肩まである髪が現れ風に靡く。その赤髪に、目が奪われる——


(僕は、リリーを助けに行かなければならないのに。)


 体が徐々に、重くなる。まるで、その場の空気が薄くなったように、呼吸が、息が苦しい。


「……イリヤ。」


 幻覚だ——


 赤髪の兵士は冑を飛ばされ怯んだが、動きの止まった相手に向かって、剣を振り上げた。


***


 エルネンはその時、反射的に体が動いた。


 斜め後ろから急に向かってきた剣を、偶然持っていた短剣で咄嗟にはらい、一歩踏み込み、突き刺した。


 誰もいないと思っていた執務室。


 見慣れた赤い髪の女が、膝から崩れ落ちた。


「……イリヤ、どうして。大丈夫か。」


 自分で刺しておいて心配するなど、滑稽なことだ。感触で、彼女が助からないことはわかった。


「だめだ、だめだよ。僕を、置いていかないでくれ。」


 なんで、どうしてなどは、その時は思わなかった。ただ、冷たくなっていくその手を温めようと、握りしめた。


 女はパクパクと口を動かした。何かを呟いたのだが、それは思い出せない。表情も、泣いていたような気もするし、笑っていたような気もする。


「エルネン様、——。」


***


「——エルネン様。」


 大男はそのまま、こちらに倒れてきた。斬られたのだ。後ろからリリアーナが現れる。


「エルネン様、何をボーッとしているのですか。無事ですか。怪我はないですか。顔色が、良くないですよ。」


 走ってきたのだろう。息の上がったまま言った。


「うん。怪我もしてないし、大丈夫だよ。」


「じゃあ、どうして……。……赤髪の騎士か。」


 苦手だとは言ったが、幻覚を見て動けなくなるとまでは説明してなかった。


 彼女は倒れた兵士を見下ろし、神妙な顔で頬に伝う汗を拭った。その姿が、おかしくて。


「なんで、そんなものをもっているの。」


「え?」


 短剣を持つ手とは逆の手に、花を雑に何本か持っていた。種類もバラバラだし、全力疾走に耐えられずヨレヨレだ。


「やっぱり君は、花が似合うね。」


 やはり、どこか変わった女だ。剣の腕とは似合わず、少しとぼけたところがあって。声を上げて笑う僕を、不思議そうな顔で見た。


(不思議なのは、そっちだろう。)


 リリアーナは、ソッと髪に刺した花を触って確認している。それはもう、萎れていたが。


「お花、ありがとうございました。」


「こちらこそ、助けてくれてありがとう。それは、お返しかい。」


(今度、もっとちゃんとしたものを贈ろう。)


「いいえ、似合うか確認したくて。水をかけてもいいですか。」


「花に。」


「いいえ、エルネン様に。」


「もしかして、怒ってる?」


「いいえ、そうではなくて。」


 ゆるく吹いた風が、全身にかいた汗を冷やして気持ちがいい。もうすぐこの通りにも、騎士団がやってくるだろう。


 二人は足早に、その場を後にした。


「リリー。君、短剣を早々に投げつけて、その後どうしたんだい。」


「鞘を持って応戦したんですよ。その兵士が、花と水を浴びて、それがけっこう良くて。」


「良くて……。何が……?」


(やっぱり、変わった子だなあ。)


 彼女は萎れた花を振って走った。揺れる水色のワンピースが、銀髪によく似合っていた。


読んでいただいてありがとうございます。次話、三章最終話です。よければそちらもお願いいたします。

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