第9話 銀髪の女剣士リリアーナは、王子様にお礼を言いたい
(お礼、言いそびれちゃったなあ……)
リリアーナはソッと髪に差し込まれた花を触った。
王子とその護衛の剣士は、狭い路地の隙間に挟まるように、密着して隠れていた。
二人は、反対側の通りの様子を伺う。
「あれは、北部の。」
エルネンはあの角張った兜に見覚えがあるらしく、ボソッと呟いた。
この国のものではない兵士が十数人ほど、馬に乗ったまま大通りに雪崩れ込んでくる。
「お兄様が、帰ってきたようですね。」
後ろから、第二騎士団の騎兵が追いかけてくる。町民は逃げ回り、露店は馬に潰され、祭りはめちゃくちゃだ。
(残党をここまで追い込んだのか、捕虜を逃してここまできたのかわからないが……。)
「大した規模ではありません。少し早いけど、城に戻りましょう。」
剣の交わる音も聞こえてきた。今に、町を警備する第五騎士団も合流し、対処するだろう。
巻き込まれると、面倒だ。
「お願いがあるんだけど。」
「賭けはまだしていませんよ。」
エルネンは、サワサワと私の背中を触っている。何を言い出すのかわかった。
「アリスに、騒ぎは起こさないと約束したのです。」
「じゃあ、先に帰っていていいから。」
「貴方様を置いて帰れるわけがないでしょう。」
しぶしぶ、背中に隠していた剣をゴソゴソと抜いた。この通りにも、三騎の騎兵が侵入してきた。
「ここを、動かないでくださいね。」
兵士が向かう先には、出店が並ぶ。隣の大通りはめちゃくちゃになったが、広場の方は、第五騎士団が何とかしたはずだ。
「ここを抑えれば、二本の大通りで、まだ祭りができる。あと、五日間もあるからね。」
エルネンは言いながら、今度はスカートの中に手を入れ、ガサゴソと何かを探している。
私を抱えて城を降りた時に、気がついていたのだろう。
「エルネン様のエッチ。」
思わずため息を吐いた。確かに、一人では足止めできないかもしれない。
王子は、護衛の足に固定されていた短剣を掴んだ。
カカコッ、カカコッ——
馬の蹄の音が、だんだん近づいてくる。
長剣の方を、王子に渡した。自分は、短剣の鞘を抜いてタイミングを待つ。
「先に、賭けをしておくべきでした。」
「リリーが勝つとは、限らないだろう。」
「アヒルは、羽が切ってあるものと、そうでないものがいたのですよ。」
「そうなの?」
(——今だ。)
路地の横に積んであった空の樽を、思いきり蹴り飛ばした。
ガココンッ、ガゴガゴガゴッ——
かなりの速度で走ってきた騎兵の馬は、突然現れた障害物に足を取られる。
二頭は転倒し、一人の兵士は下敷きに、一人は受け身を取って着地した。
王子は路地から飛び出し、着地をした方の兵士に、横から思い切り剣を振る。
カァンッ——
相手はなんとか受けたが、エルネンは相手の剣を弾き飛ばした。間髪入れずに、二撃目を構える。
その上を、最後の一頭が飛び越えていった。
それを追って、走る。
(あまり遠くまで行かないで——)
馬には追いつけないが、手に持っていた短剣を思いっきり馬の尻に投げつけ、それは刺さった。
馬は鳴き声を上げ、バランスを崩し、横にある店に突っ込んでいった。花屋だ。
急げ、急げ、息が上がる——
その場所まで追いつくと、ガタガタと音がして、男が肩を抑え、よろよろと道に出てきた。
植木か水差しに突っ込んだのか、ずぶ濡れで、色とりどりの花をくっつけている。
濡れた髪をかき上げた兵士と、目が合った。碧眼だ。色っぽい。
「違うところで会いたかったなあ。せっかくオシャレをしてきたのに。」
手元には、短剣の鞘しかない。上がった息を何とか整え、それをグッと握りしめた。
(早く片付けて、エルネン様のところに戻らないと。)
なかなか勘がいいらしい。兵士は、町娘風の私に、容赦なく斬りかかってきた。




