第8話 第二王子エルネンは、アヒルのレースに賭けたい
第二王子エルネンは、護衛騎士と、露店が並ぶ最後の通りに入った。そこは、独特な喧騒に包まれていた。
「なんだか、盛り上がっているね。」
大きな歓声が上がった。僕のワクワクとは裏腹に、リリアーナは眉を顰めてサッと前に立った。
道の真ん中を、七羽のアヒルが走っていった。
「……美味しそうですね。」
「食べる気なの?」
よく見ると、低い柵がまっすぐ続いており、その周りで町民たちが、走るアヒルを応援している。
「なにこれ。」
「これは、レースですね。ゴールする順番を当てるのです。私の故郷は、これの鳩のものが有名で。」
アヒルの首には、番号札がかかっている。
「当たると何か、もらえるのかな。」
「金がかかっているのでしょう。賭けです。」
リリアーナは、眉間の皺を一層深くした。
「行きましょう、エルネン様。こんなものに興味を持つと、ろくな大人になりませんよ。」
護衛はその場を去ろうとしたが、僕はその袖を掴んだ。彼女は足を止める。
「……私たちの師匠は、賭け事が好きで。」
「ステラのこと?」
「いいえ。私たちに魔法を教えた、別の人間がいるのです。もう何年も、行方不明なのですが。」
一体どこで何をしているのだかと、さほど深刻ではなさそうに言った。
(ろくな大人ではないとは、その人のことらしい。)
「君について、知らないことばかりだ。」
(鳩のレースか。ずいぶん東の文化だな。)
「三年もあるのですから、そのうち知ることになりますよ。」
別に、面白いものでもないですけどね。とつまらなそうに呟いた。
「賭けよう。」
「アヒルですか?どれになさいますか。」
彼女は、やれやれと金の入った巾着を取り出した。しかし、アヒルはかわいいらしい。クスッと笑った。
見慣れない三つ編み姿。僕は、いつもは隠れている白くて薄い耳を、視界に入るたび注視してしまっていた。
(ピアスが、片耳にだけ空いている……。)
「当たった方が。いや、外した方が当たった方の言うことを一つ聞くんだ。」
「私も賭けるのですか。こんなものがなくても、王子様の命令であればなんでも聞きますが。」
僕は、彼女の耳元に手を伸ばした。驚いて、僕を見つめている。
「じゃあ、僕に聞いて欲しい願いを考えて。」
喉が、ごくんと動くのが見えた。美しい瞳が、グラグラと揺れる。
さっき渡しそびれた、一輪の花だ。袖に入れたままで、少しくたびれたそれを、彼女の三つ編みに差し込んだ。
「君は、花が似合うね。」
リリアーナはそろそろと手を耳元にやって、それを確認している。
しばらく、息をするのを忘れたように固まっていたが。ゆっくりと小さな口が開いた。
「……なんだか、騒がしくないですか。」
途端に、ザワザワ、ガヤガヤと喧騒が耳に入ってきた。息を止めていたのは、僕の方らしい。
ガーガーと、アヒルが暴れている。
隣か、その隣の通りで何か騒動が起きている様だ。馬の嘶く声や、人の悲鳴も聞こえる。
彼女は鋭い眼光を取り戻し、僕をグイッと引っ張って、細い路地の隙間に身を隠した。




