第6話 第二王子エルネンは、初めての祭りを楽しみたい
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この国が建国されたのは百年前。争いの絶えない五つの国を、二人の兄弟が統一したのだ。
弟は、ドラゴンを倒し授かったその力を、このハイラル王国ために捧げた。
「私は、もう戦えないよ。」
「いいえ。私が、貴方様の右目となりましょう。」
自分を犠牲にした弟王子を、その騎士は最期まで支えたという。
王子たちの兄弟愛と、その騎士の一途な忠誠心。
語り継がれる、美しい建国話——
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「リリー。もしかして泣いているの?」
「泣いてないですけど。」
僕の頼もしい女騎士は、意外と涙脆いらしい。大きなリンゴあめを口に咥えたまま、目を潤ませている。
町はいつもより賑やかで、騒がしい。
城を抜け出したエルネンとリリアーナは、城下町の祭りを堪能していた。
(人形劇で泣いてしまうなんて…。)
「可愛らしいなあ。」
「え?」
「初めて聞いたのかい?」
「いいえ。確か、どこかで…。」
思い出そうとしているのか、頭を傾げた。鼻を啜る彼女を、周りにいたちびっ子たちが、心配そうに見上げている。
一人の少年が、かごから一輪の花を差し出した。
「あー。」
リリアーナは、困ったように頭を掻いた。
「それは、僕がもらおう。」
「エルネン様、こういうのは一度買うとキリがないのですよ。」
「今、君にあげたいんだよ。」
金の硬貨を差し出すと、少年は嬉しそうにそれを握りしめ、かごを放り投げ駆けていった。
黄色の花々が、その場に舞って——
一つ、キャッチした。それを差し出す。
「ほら、泣かないで。」
周りからの視線を感じる。ザワザワと、人が集まってくる。リリアーナは僕の顔をボーッと見ていたが、ハッと気がつきブルブルと首を横に振った。
「そのボロボロのローブも、王子様のオーラは隠せないようですね。」
「あ、まずいね。」
彼女の手を取って、足早にその通りを抜けた。
(酒屋と茶屋の間を、まっすぐに進んで……。)
軽やかな太鼓のリズムと、低めに重なる和音。上がった息が、それにつられる。
広場に出た。
弦楽器のバンドを中心にして、酒を振る舞っているらしい。陽気な人々で、溢れかえっていた。
それに紛れ、並んでベンチに腰掛けた。フードを改めて深く被される。
日差しが遮られて、汗が冷たく気持ちいい。
「紋様の入った金貨を出すとは。」
「ごめんよ。」
彼女はフーっと息を整え、町の女性たちが輪になって踊るのを、ボンヤリ眺めている。
「……町に、詳しいのですね。」
この三つの大きな通りは、それぞれ広場につながる近道があるのだ。
「……よく城を抜け出して、連れてきてもらったんだ。君たちの前任者は、不真面目な人だったから。」
なぜだろう。今日は、大丈夫だ。
幻覚もなければ、手の震えもない。それは、いいことなのだろうか。僕にはまだ、決められない。
「毎日剣術の稽古をつけてくれるはずだったんだけど。一緒に町へ出たり、森で昼寝をしたり。」
さすがに、祭りの日に来たことはなかった。こうやって、思い出を上書きしていくということなのだろうか。
「そのような関係だとは、知りませんでした。」
リリアーナは、少し困ったような顔をしていた。
その後ろ。噴水の向こうに、赤茶の看板が目に入った。
「あそこの菓子屋、チョコレートが美味しいんだ。オレンジの風味がするんだけど。そういえば、あれから食べてないな。」
オレンジの皮が入っているのだろう。ほろ苦いチョコを好む“彼女”が、その時は大人に感じた。
(そういえば、出会った頃のイリヤと同じ歳になったな。)
「エルネン様、金貨しか持っていないのでしょう。今日は、私からプレゼントさせてください。」
王子は護衛騎士に手を引かれ、その菓子屋に向かって歩いた。
『王子殿下、チョコは好きですか。』
“彼女”からもらったその味を、思い出していた。




