第5話 銀髪の女剣士リリアーナは、町の祭りが気になる
——コンコン
「エルネン様、準備はよろしいですか?」
リリアーナは、緊張していた。
さっき使った魔法の代償である体のだるさも、首の痛みも、今は気にならなかった。
「ドウゾー。」
アリストラだ。少しホッとして、王子様の寝室を開けた。
エルネンは、アリストラに彼のローブを着せられていた。大きすぎるフードから、美しい碧眼が覗く。
「カーテンに隠れた子供みたいで、愛らしいだろう。」
「子供の魔法使いみたいですね。」
そう言う私たちを、王子は少し不満そうに見た。しかし、そんな姿もかわいらしい。
「リリーのその格好はなんなのさ、お前が変装する必要はないぞ。」
「かわいいでしょう。」
呆れているアリストラの前で、クルッと回ってみせた。同室のメイドから私服を借りたのだ。
水色のワンピースの裾が足元で揺れると、少し恥ずかしくなった。ゆってもらったおさげが、トントンと肩を叩く。
「剣はどうしたんだよ。なにで王子様を守るつもりだ。」
小言を無視して中へ進み、窓を開けた。この青空に相応しい、爽やかな風が部屋に入り込む。
「さあ、行きましょう。第二王子は明日に備えて、早めに休んだことになっています。」
「俺は、誰も入れないように寝室の前に立っています。花火が終わったら、また窓を開けますから。」
外は暑いだろう。エルネンには長すぎる袖を、三回折り上げてやった。
「エルネン様、リリーを落っことさないでくださいよ。」
「もちろん。」
その腕は、私を抱き上げた。思わずワッと声が出る。咄嗟に目の前にあった首に手を回した。
王子は窓枠に足をかけると、躊躇なく一歩踏み出した。
——キィン。カツン。キィン。カツン。
地面に向かって、赤い魔法陣が螺旋状に現れる。アリストラの魔法だ。
「リリーは、高いところが苦手なの?」
「苦手というか……。」
リリアーナは下をチラッと見て、生唾を飲み込んだ。
(庭師の小屋が、小さく見える……。)
——キィン、キィン、キィン
王子は、ちょうど一足分しかない小さな魔法陣を足場にして、カツンカツンと空中を降りる。
「魔法は便利だなあ。」
ジッと顔を見られた。サラサラした金髪が、顔をくすぐる。
近い。何かを見透かされそうで、思わず目を伏せた。
「少し使えば、あのざまです。」
隠していたわけではない。魔法を使うことは、できないも同然だ。
「目がまだ赤いよ、リリー。僕は、君の瞳を気に入っているのに。」
「え?」
「体は、大丈夫なの?」
「はい。」
「ならいいよ。」
王子はフフッと笑った。リリーもムキになるんだねえと、のんびり話す。
その顔の、少し下。
(小さなホクロがある……。)
細い首の上。顎の裏側だ。
真っ白な紙に、インクを一滴落としてしまったかのような。
それはまるで、誰も知らない秘密を見つけてしまったようで。
心臓がバクバクと、音を立てて——
「おっと。」
ガクッと揺れて、思わず首にしがみついた。
「踏み外したのですか?」
「いいや。」
バッと、城を見上げる。窓から、アリストラが身を乗り出している。
「——何やってんの、急いで!」
私たちを急かすように、踏んだ後の魔法陣が割れ始めた。
「わ、わ、わ。エルネン様。大丈夫ですか。」
「しっかり捕まっててね。」
——カツン、カツンカツン。
——パリン、パリン、パリンパリンパリン。
下からブワッと風が吹き上げて、水色のワンピースが膨らんだ。
「うわあああ。」
「ハハッ。リリーは、高いところが苦手なの?」
「エルネン様は、高いところは?」
「好きだよ。」
王子は軽やかに、空中の階段を駆け降りる。私はギュッとその首にしがみついた。
この胸の鼓動は、たぶん高所のせいだった。




