第3話 銀髪の女剣士リリアーナ、日の落ちる執務室にて
「時間になったら、声をかけますから。」
日は翳り、薄暗くなってきた執務室に、二人きりだ。
リリアーナは、部屋の外で待とうと、扉に手をかけたところだった。
「もう少しだから、一緒にいてくれないかい。」
王子に呼び止められ、振り向いた。エルネンはソファに掛けたまま、中途半端に手を伸ばしていた。
「あ……。」
どうしていいか分からず、その手を取った。
身長はまだ私の方が高いのに、手は、エルネンの方が大きい。
手のひらは硬く、傷だらけだ。繊細で儚い王子様の手とは思えない。
(剣士の手だ……。)
「今日は、歯切れが悪いね。話というのが、気まずい内容なのか。それとも、王位の件でがっかりさせたのか。」
思わず、その手をグッと握った。
「そんなことは、ございません。エルネン様がどんな立場でも忠誠を誓うと、言ったではありませんか。」
顔を上げると、王子は少し寂しそうな顔をしていた。
(アリスは、この表情があざといのだと言うけれど。)
「リリーも僕を、友達だと思ってくれている?」
「畏れ多いです。」
「二人きりの時は、敬語はやめて欲しいな。」
「それは、命令ですか?」
「いいや。僕からの、お願いだよ。」
日は落ちる。部屋は、どんどん暗くなる。
「僕には、王の素質はないよ。」
エルネンは繋いでいた手を離し、両手を伸ばした。
「……わざと、そんな表情をしているわけではないですよね。」
「わざとだと、ダメかな。」
「……いいえ。」
「言葉遣いを。」
「……。」
エルネンはソファに深く座ったままだったから、両膝を立て、跨ぐようにして、抱きしめた。
(敬語……。)
「私は、エルネン様に王の素質がないと思ったことはない、けど。」
「エルネン、と。」
「……エルネンの、尊敬するお兄様を王に立てようという決断も、尊重、するよ。」
少し体を離して、二人は見つめ合った。
淡い紫色の瞳。エルネンは、この瞳が、見るたび綺麗になっていくように感じていた。
「友達だからね。」
リリアーナはそう言うと、恥ずかしそうにはにかんだ。彼女は、もう行かないと。と立ちあがろうとする。
「もう少しだけ。」
王子はその腕を引き、抱き寄せた。
ドクンドクンと、心臓の鼓動が聞こえる。
♢ ♢ ♢
エルネンの目が覚めたのは、風の音もない、静かな夜だった。
(晩餐を終えて、ベットに入って……。)
最近、よく眠れるようになった。
それが、慣れない執務の疲れのせいか、扉の向こうの護衛を信じているからなのか。時が、解決しようとしているのか。
それが、いいことなのか。そうではないのか。
よく、分からなかった。
——ハア。
——何、ため息ついてるの。
——アリス、もう目が覚めたの?
まどろみの中、廊下に響く二人のヒソヒソ声を、ぼんやり聞いていた。
「さっきの話を確認しに来たんだよ。リリーが、エルネン様には伝えようって言ったのに。」
「シャンデリアを落とした魔法使いは、まだ見つからないの?」
(眠たい……。そういえば、この二人も寝ないで、
よく平気だよなあ。)
「エルネン様に、隠し事をするなんて。」
「じゃあ、言えばよかっただろ。」
「アリスが友達だとか、余計なことを言うから。」
「それとこれと、何の関係があるんだ。」
二人の会話は、だんだんと熱を帯びる。声を抑えることを、忘れてしまったようだ。
「仲良くなったから、嫌われたくなかったんだよ。」
「俺だってそうだよ、リリー。感情的になるな。」
もう、完全に目が覚めてしまった。
「敵が王妃なのは、問題じゃない。手を貸している魔法使いが、問題なんだよ。」
「まだ、ステラが絡んでいるかは、わからないだろう。」
——ステラ・バインドラ。その魔女は、金では仕事を選ばないという。
何が目的で愛弟子を二人、この城に置いているのだろうか。
「……この問題は、私たちだけで解決しよう。」
「エルネン様には伝えず、王妃と手を組む魔法使いを、ハッキリさせるんだな?わかったよ。」
知らない話をする友人は、いつもの二人とは思えなかった。
「リリー。ステラが黒幕だった時は、どうするつもりだ?」
風の音もない、静かな夜だ。自分の心臓の音だけが、やけに大きく耳を打つ。
どちらかの、ため息が聞こえた。
「その時は、ステラと戦うしかないでしょう。」
「良かった。死ぬ時は一緒だな。」
アリストラの、笑い声。それを聞いて、エルネンはソッと目を閉じた。眠気はすぐにやってきた。
隠し事も、二人が明かすまでは待とう。
また、裏切られたとしても——




