第1話 第一騎士団長エドワルドは、お風呂が好き
読んでいただきありがとうございます。第三章です。
王都に帰ってきた第二王子は、建国祭の準備に追われることになった。
「剣術大会は、建国祭の目玉ですからね。」
第一騎士団長エドワルドは、エルネンとその護衛を連れて闘技場に来た。
第一騎士団の騎士たちが、土を均したり旗を立てたり、エッサホイサと動き回っている。
王子は疲れているのか、それをボーっと眺めていた。
(大丈夫かな?)
「団長も、出るのですか?」
「これは、若者のイベントだよアリストラ。二十歳以下だったかな?」
第一騎士団には、若い騎士が少ない。銀髪の剣士を誘おうと思ったのだが、今日は休みらしい。
魔法使いは、笑って言った。
「あいつはダメです。勝負ごとに頓着しませんから。」
この大会は、国内外の騎士、腕っぷしに自信のある傭兵も参加する。
(ああ、それでか。)
燦々と日の注ぐ太陽の下、王子はここに、亡霊を見ているのだ。あの日を、思い出しているのだろう。
———
イリヤ・エリオール。もう、十年ほど前になるか。王国の騎士たちを倒しこの表彰台に立った。
「私を、王子様の護衛騎士として、そばに置いていただきたいのです。」
幼い王子の前に跪く女剣士。その、赤い癖毛が、炎が燃えるように舞い上がる——
彼女はそれから騎士になり、二十歳になるまでの五年間、誰にも優勝を譲らなかった。
———
「アリストラいいぞ!」
「どこが!」
魔法使いから、泣きそうな返事が返ってくる。
気分転換になるかと思い、二人に剣を渡した。王子は上の空だが、実力はかえって抑えられないらしい。
カァァン、キィィン——
なんとか受けているが、小柄な王子に押され、ザリザリと地面を擦る。
「王子殿下、降参します。殿下?エルネン様?」
エルネンは、まだ幻覚を追っているのか返事がない。
カァンッ——
闘技場を半分押された後、剣は跳ね飛ばされた。トドメだ。
尻餅をついたアリストラの目と鼻の先で、魔法陣が剣を防ぐ。
「闘技場で魔法は禁止だぞ。」
「知ってますよ!」
半べそ状態の魔法使いに、手を貸してやった。
「ごめん、アリス。ボーッとしてて。」
「殿下、切れ味も試さないと。」
「勘弁してください、団長。」
おおお。と騎士たちから感嘆の声が上がる。第二王子の剣の腕は、知られていないのだ。
「エルネン様は大会、出ないのですか?」
「ここは、兄上の見せ場だからなあ。」
昨年と一昨年の優勝者は、第一王子のテオールだ。
「今年は、間に合わないかもしれませんよ。」
返事はない。握った剣を、ボンヤリ見ている。余計になにかを思い出させてしまったようだ。
アリストラと顔を見合わせた。このままでは、午後からの仕事に支障が出るかもしれない。
「殿下、汗を流されてから昼食にしては?」
♢ ♢ ♢
「では、エルネン様はその金のティアラを五つとも、今も保管されているのですか?」
「え、うん。捨てることも、誰かにあげることもできないし。」
アリストラは同意を求めるように、少し不満げにこちらを見たが。
「ごめん。私も、そういうの捨てられないタイプなんだ。」
「ええー。」
三人は、肩を並べて湯に浸かっていた。宿舎近くの大浴場は、昼間は貸切状態だった。
「エドワルドは、優勝した時のティアラはどうしたの。」
王子は身を縮めて聞いてきた。華奢に見えた身体は脱ぐと筋肉質で、腹に大きな傷跡があった。
さっきまで、優勝者が求婚をする伝統があると、話していたところだった。
赤髪の騎士は、毎年エルネンにティアラを捧げた。誰もが、主従の愛を疑わなかった——
「……あの時はまだティアラではなくて、王女様から剣が与えられました。」
王子が生まれる前のことだ。
「決勝は、私対オズワルドでした。私たちには、幼馴染の女の子がいて。」
代々騎士の家系である双子の、兄弟対決だった。
「接戦の末、私が勝ったわけですが。意中の相手は、オズワルドを心配して駆け寄って行ってしまって。」
求婚を、することさえできなかったのだ。
「兄は、それから騎士団を抜けましたからね。オズワルドの挫折の大会として知っている者もいますが、私の挫折にもなったわけです。」
その後、優勝が後押しとなり、騎士団長に選ばれた。
「私に愛を教えてくれたのは妻ですが、闘技場に来ると、砕けた初恋も思い出します。」
亡くなった妻は、よくその話を聞きたがった。
『素敵な思い出ね。』
それも、いつか思い出になるはずだ。今、無理矢理捨てずとも。
「娘には、内緒ですよ。」
ゴォーン、ゴォーン——
正午の鐘だ。
「ほんと、そういう話が好きだね君は。」
王子に響いたかはわからないが、魔法使いは、キラキラした瞳でこちらを見ていた。
「リリーにも、話してあげよう。」
ザバっと湯から立ち上がった。
「殿下、宿舎の焼き飯を食べたことはありますか?」
「ない。けど、食べたいな。」
湯に沈んでいたエルネンは、のろのろと身を起こした。
二人の若者は、ペタペタと後ろをついて歩く。コソコソと話す声が、浴場に反響する。
「ティアラの話、リリーにはしないでください。」
「どうして?」
「イリヤ・エリオールが、そんなに強くて、思い出深い騎士だとは知りませんでした。」
魔法使いのため息が聞こえた。
「黒魔術で、イリヤの記憶を消そうとでも言い出しかねません。忘れたいわけではないのでしょう?」
それは、物事に頓着しない彼女らしくなかったが。
チラッと後ろを振り向くと、王子は湯にのぼせたのか、顔が赤くなっていた。
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