第6話 第二王子エルネンは、泳ぐのが少し苦手
——ドブン
エルネンは、体が沈んでいくのを感じながら、湖に差し込む光を見上げた。デジャブだ——
それはゆらゆらと、暗く、孤独な空間を照らす。
(綺麗だ……。)
あの時は、この光を見たら、何もかもがどうでも良くなって。
彼女のことも、手放してしまった——
***
二年前だ。
風が無く、鳥の鳴き声と、お互いの声だけが聞こえる静かな湖。
アリアの帽子が飛ばないように、なるべく波風を立てず、ゆっくりとボートを漕いだ。
少しの振動で、今にも、溢れ出そうだった——
「あの背の高い騎士様は、今日はいないの?」
思えば、アリアには会うたびその人のことばかり話していたから。
隣の国までは、まだ伝わっていなかったらしい。
旧知の護衛騎士を咄嗟に斬り返した判断力と冷静さを、次期国王に相応しいと、周りは讃えた。
淡々と振る舞う僕の代わりに、優しい彼女は涙を流した。
「エルネン、あなた。恋をしていたのに。」
「え?」
認めると、溢れ出したそれは、受けとめることができなくて——
湖の中心にさしかかったその瞬間、ボートの下がキラッと輝いた。魔法陣だ。
それは、僕か、彼女を狙ったものなのかはわからなかったが。
ドンッッ——
底から、水柱が打ち上がる。その勢いでボートは転覆し、僕たちは湖に投げ出された。
彼女だけは——
辛くて、笑ってしまった。
(これ以上、虐めないでくれよ——)
***
上から差し込む光は、まるで僕を呼んでいるようだったけれど。
(なんだか、面倒くさいなあ。)
アリアは、小さな国の第三王女だ。僕が相手じゃ無くても、政略結婚だろう。
愛とか恋とかが叶えさせてあげられないのなら、せめて、この手で大切に守ろうと思った。
それは幼き日。王子としての自覚を持った、最初の芽生えだった。
(それも、手放してしまったけれど。)
彼女を、守りきる自信がなくなったのだ。アリアを、幸せにする自信がなくて——
——様、エルネン様。
それでも、その柔らかな光が美しくて、また、手を伸ばしてしまう——
ガバっと水面に体を持ち上げられた。勝手に空気を吸い込もうと口が開き、水がゲホゲホと吐き出る。
「お前なあ、落ちるなら一人で落ちろよ。王子様を湖に引きずり込んで。」
アリストラの背に乗せられる。スイスイとリリアーナが横に泳いできた。
「泳げないとは知らなくて。」
ごめんなさいは、ゴボゴボと水音に混じる。
湖の縁で、リーバンスがこちらに向かって叫んでいる。散歩をしていたカップルも、驚いて駆けてきた。
そこに向かって、朝日を背に三人で泳いだ。
「沈んでいくから、カナヅチなのかと。」
「泳げるじゃないですか。」
「決めたよ。」
「なんです?」
「アリアには会わない。」
「いいのですか?」
「ちゃんと幸せなのか、確認するのがこわい。」
「後ろ向きだなあ。」
二人は声をあげて笑うと、口にガバガバと水が入ったらしい。ジタバタと水面を揺らした。
「じゃあ、帰りましょうか。」
水を吸った服が重たくて、すぐに湖の底に戻りたくなった。
「エルネン様、ちゃんと足を動かして。」
二人は、そんな僕の体を引っ張って進んだ。
読んでいただきありがとうございます。次の話が、二章最終話です。




