第4話 第二王子エルネンの、思い出の舞踏会
「恋を、していたのですか?」
リリアーナは、不安そうな声で僕に聞いた。
賑やかだった舞踏場は、曲が変わった途端、しっとりとした空気に包まれた。
色鮮やかなドレスたちは三拍子に合わせ、静かな波のように揺れる。
ワルツだ——
「さあ、わからないな。姉弟のような関係だったんだ。アリアの方は、幼い僕を、弟のようにしか見られなかっただろうね。」
恋を知るには幼すぎた。けれど、フワフワした栗毛が柔らかくて、優しい彼女に、ずっと笑っていてほしいと思った。
「婚約破棄は、彼女から申し出されたんだ。」
噂では、裏切りで人間不信に陥った第二王子が別れを告げたことになっているはずだ。
———
毎月のデートの日だった。庭園の奥にある湖だ。二人でボートに乗っていた。
それが事故か、僕かアリアを狙ったことなのかはわからない。
ボートは転覆し、湖に——
———
「僕は、アリアを守る自信もないし、二つ返事で受け入れたよ。」
舞踏場を見下ろす。隣国のお姫様は、ダンスが得意なのだ。ホールの中心を、ピンク色のドレスがフワフワと舞う——
(まだ、挨拶もしていないな。)
アリアは、クルッとターンした。その時、目が合ったような気がしたけれど、遠くて、表情まではわからない。
ギュッと目を閉じると、いつでも湖に沈んだ時の感覚を思い出せた。
——様、エルネン様。
ハッと気がついた。曲は終わり、会場は拍手に包まれる。
「大丈夫だよ。もう、行こうか。」
——ハァ。
彼女の、朝から何度も聞いたため息。
「……今日は、私と目を合わせてくれませんよね。イリヤ・エリオールを思い出しますか?」
その名前にギョッとして、横を振り向いた。
細身に作られたその正装は、襟の刺繍が取れ、片側にしかない。袖のボタンは全部ない。
着替え始めた時から見覚えがあった。これは、イリヤの正装だ。僕が葬った、僕の護衛騎士。
「やっとこっちを見てくれましたね。赤髪だけって言ったのに……。」
リリアーナは、少し困ったような表情のまま笑った。失恋とトラウマか。と、小さく呟いた。
「新しい恋、私も応援しますから。」
———
「この若さで婚約者か。一国の王子様というのは大
変ですね。」
スラっと背の高い彼女は何を着ても様になったが、その白い正装姿は、赤髪が特に映えた。
「でも大丈夫。きっと素敵な恋になるでしょう。私も応援しますから。」
———
あの時と同じく、その姿に目を奪われた。
イリヤを思い出したからだろうか。それとも、その白い騎士服が、相当気に入っているのかもしれない。
「では、行きましょうか。」
シャンデリアからの光で、金の刺繍と彼女の銀髪が、キラキラと光った。
白地に、紫色の瞳がいつもより濃く映った。その瞳が不思議で、目が離せない——
「リリーは、髪を伸ばさないの?」
肩に少しつくくらいの髪。襟の刺繍が取れかかっていたから、手を伸ばして、それを留めたフリをした。
(サラサラだ……。)
「……お望みならば、伸ばしましょう。」
その瞳は、グラグラと揺らいで——
「エルネン様、媚薬を仕掛けた令嬢を見つけました。」
耳元で声がして、二人でワッと声を出した。全く気が付かなかった。
後ろからヌッとアリストラが現れる。
「その令嬢は、俺の好みじゃなかった。」
「いや、あんたの好みなんて聞いてないよ。」
リリアーナは、まったく何をしていたんだとブツブツ言いながらクルッと向きを変え、先を歩いた。
では見に行ってみましょうと魔法使いに背中を押され、コソッと耳打ちされた。
「リリーをあまり本気にさせないでくださいね。」
パッとその顔を見ると、真剣な表情だった。
「その令嬢も、赤髪だったのです。あいつを、赤髪を狙う闘牛のようにしないでくださいね。」
ブハッと吹き出すから、つられて笑ってしまった。
リリアーナは、ん?と不思議そうに振り返った。




